臆病者の僕は、別れの時に君にバカと言った
 秘密基地内の物陰に隠れて、その足音の主が来るのを待つ。
 徐々に足音が近づき、入り口に見えたのは、雨にぬれた七海の姿だった。
「久人、いる?」
 基地の中に向かって、呼びかけてくる。
 嬉しさを隠しながら、僕は答えた。
「おう、いるよ」
「よかった。ねえ、濡れてるけど、そこに行ってもいい?」
「いいよ、俺も濡れてる」
 そう言うと、彼女は体を床下に滑り込ませた。
 髪の毛からは水滴がポタポタと落ちており、着ている黒いワンピースは、濡れて張り付き、体のラインが露になっていた。
 その姿に、ドキリとする。
 性欲や性癖とは無縁の小学生だったが、何も知らないなりに、その濡れた服が浮き立たせる体のラインの艶を感じ取った。
 七海は机代わりにしていた木の板の上にランドセルを置き、椅子の上で膝を抱えて座った。
 ワンピースの端から零れる白い両の手足が、灯りの点いていない薄暗い秘密基地の中で、少しだけ光っているように思えた。
 彼女は膝と胸の隙間に視線を落としたまま、何も話さない。木々を叩く雨の音だけが、この中で響いている。
 僕は足に視線を投げて、そのまま膝へと滑らせて、太ももへ、彼女が気付かないように視線を動かしていく。
 その先にある下着を、僕は見たかった。
 ただの布があるとしか思っていなかったが、興味があった。
 好きな女の子のパンツ。
 それは、見ておきたいものだった。
 そして、彼女の内腿に視線が到達した時に、七海が泣いているのに気付いた。
「七海……」
「なんでもない」
 いつもの七海と違っていた。
 いつもなら、ここで彼女は僕を『もっと見る?』などと言って挑発するか『バカ!』と言って殴ってきただろう。
「泣いてなんか……」
「まだ俺、何も言ってないぞ?」
「っ……」
「何かあったのか?」
「いいの」
「よくねえよ、泣いてるじゃん」
「いいから……ほっといて」
「でも……」
「いいから!」
「そうかよ。じゃあ、聞かねえ」
「……ごめん」
 沈黙が再び訪れた。
 何をしていいのかわからず、視線を自分の足に落とす。
 拒否をされたのが、くやしかった。
 心の距離を縮めていたと思っていたせいか、彼女の言い放った『ほっといて』は、心に響いた。
 俺達は、なんでも話せる仲じゃなかったのか?
 なんで話してくれないんだ?
 そんな疑問が、頭の中でぐるぐると回り、それ以外のことを、考えさせる余裕すら与えてくれない。
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