臆病者の僕は、別れの時に君にバカと言った
 足元を見たままの状態でジッとしていた僕の肩に何かが触れた。いつの間にか七海が隣に来て、頭を肩に預けてきたのだった。髪から滴る水が、肩に落ちる。それを感じるたびに、僕の心にも同じように雫が落ちて、波立たない心の水面を揺らす。
「なんだよ」
 埃っぽい匂いの中に、七海の甘い匂いが混ざる。
 彼女の体臭は、どこか他の女子とは違っていた。色濃い匂い、とでも言うべきそれが、僕は好きだった。
「ねえ」
 彼女が、こちらに視線を向けず、秘密基地の奥にある闇に視線を投げながら、話しかけてくる。
「なに?」
「もう少し、こうしていていい?」
「……俺、濡れてるから」
「気にならないよ、私もだから」
「じゃあ……泣きやめよ。そしたら……」
「泣いてなんか……いないって」
「うそつけ」
「うそじゃないもん……これ、雨だもん」
 僕の肩に顔を伏せて、表情を見せまいとする七海に対して、何も言えない。
 雨音が、強くなった気がした。
 七海は僕を抱きしめて、耳元で囁く。
「今度、転校するの……。もう、ここに来れないかもしれない……」
 雨が一層木々を強く叩き始めたのが、外からの音でわかった。その音が耳に入って、胸を波打たせる。それが大きなうねりとなった頃、僕は彼女の頭に手を当てて、呟いた。
「大丈夫だろ、たぶん」
 外の雨音を聞きながら、上を向く。
 零れ落ちそうな涙を、見られないようにする為に、そうした。
 目の前に見える木の板に、これからのことを描こうとしたけれど、雨音が邪魔をして、何も出来ないでぼんやりと眺めることしか出来なかった。



 次の日、七海が八月の中旬で引越すことが学校で発表された。
 だけど、僕は学校を休んだ。
 風邪を引いたと嘘をついての欠席だった。母は、先日雨に濡れて帰ってきたことが原因だと怒ったが、ただ、七海の顔を見たくなかっただけだった。
 特に何もすることがないその日は、眠っているフリをして、昼から母がパートに行くのを待った。母は仕事を休むことを考えていたようだったが、特に心配ないと言い、納得させた。
 母が出て行った後の静かな家の中で、僕は着替えを始めた。
 時計を見ると、午後一時を示している。近所には共働きの家族が多い。今なら誰にも見つからずに外を歩ける。
 手早く着替えを終えて外に出て、僕はお化け寺に向かった。
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