臆病者の僕は、別れの時に君にバカと言った
 そういえば、あの場所は今、どうなっているのだろう。


 次の日、ビスを散歩に連れて行ったのはいいが、受験のせいで遊んでやれなかったのを取り戻すかのように甘えられて、散々遊んでしまった。
 ビスを小屋につないでから玄関に入って時計を見ると、午後三時を少し過ぎたところだった。
 そのまま部屋に戻ろうとして、昨日自分が思ったことが頭の中にまた浮かんできた。
 僕と七海の秘密の場所は現在、どうなっているんだろう。
 靴を脱ぐのをやめて、玄関をまた開ける。
 ビスが『もう一度散歩に行くなら連れて行け』と言わんばかりに吠えているのを無視しながら、あのお化け寺へと向かう。
 あれから何年の時が経ったのだろうか。


 数年ぶりに来たお化け寺は、何も変わっていなかった。
 あの時の自分に戻っていく感じさえする。
 春の風にざわめく木々の音を聞きながら、あの秘密基地の場所へと歩いていく。
 もしかしたら、僕の置いたものは誰かに撤去されているかもしれない。
 裏手に回り、あの時よりも狭くなっている雑木林と本堂の隙間を通りながら、秘密基地の入り口へと向かうと、その場所はまだ残っていた。
 勿論、そのままではなかった。
 椅子や木はボロボロになり、置いていた本は、カラカラに乾いてくすんだ色の紙の塊になっていた。
 少し奥のほうに置いた手紙を入れるための菓子缶も、埃を被っていた。しかし、しっかりした作りだったおかげか、どこにもさびている部分などがなく、容易に開けられそうだった。
 蓋に手をかけて少し開けると、あの時の思い出が溢れてくるようだった。
 七海に告白し損ねたこと、泣いている七海に『大丈夫』としか言えなかったこと、そして、手紙を待ち続けたこと。
 もしかして、手紙が入っているかもしれない。
 溢れ出てくる思い出に浸りながら蓋を完全に外して中身を覗いた。




 そこには、何もなかった。



「だよねえ」
 誰に言うでもなく、そう呟く。
 期待をしすぎた自分が恥ずかしい。
 もう、七海と出会うことなどないのに、何を期待しているのだろうか。もう一度蓋を閉めようとしたその瞬間に、後ろから声をかけられた。
「何してんの?」
 声に驚いて立ち上がろうとして、頭を床にぶつけた。
「痛っ!」
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