臆病者の僕は、別れの時に君にバカと言った
「そっか……。でもさ、ここに書いてあるのは私の小学校の頃の気持ちなのよ?それを確認してどうするの?」
「今は、どう思ってるんだよ」
「久しぶりに会ったばかりなのに、何を思えって言うのよ」
「そっか……そうだよな。悪かった」
「じゃあ、帰るね」
 七海は外に出て、立ち上がる。
 もっと早くに僕らは素直になっていればよかったと後悔をしながら、それを見送る。
 だけど彼女は帰らずにひょっこりとこちらを覗くと『でもさ』と言って歯を見せて笑った。
 あの時の七海と変わらないその表情を見ながら、鼓動が速くなるのを感じた。
「これからどう思わせてくれる?」
「えっ?」
「これからさ、小学生の時以上に、私をドキドキさせてくれる?」
「……勿論」
「じゃあさ、行こうよ」
「どこに?」
「外に」
「外?」
「そう、ここから出ようよ」
「……そうだな」
 入り口から這い出ると、春の風が頬をくすぐった。
「久人、背、高くなったね」
「そうかな?」
「昔は私と同じぐらいだったよね。今だと背伸びしてやっと久人と同じぐらいの身長……」
 彼女が背伸びをする。
 僕と同じ身長になったところで、彼女はこちらに顔を寄せた。


 七海の唇が、そっと僕の唇に触れた。


 キスされたことは理解できたが、今、どんな反応をしていいのかがわからなくて、そのまま固まった。
 その瞬間に、シャッター音がした。
 何も出来ずに固まっている僕を、七海がスマホで撮ったのだ。
「久人のマヌケ顔、ゲット」
 写真をこちらに見せながら、笑う彼女。
「ななななな、何するんだよ!」
「キス、嫌だった?」
「嫌なわけ……ないだろ」
「初めて?」
「なんで、そんなこと言わなきゃいけないんだよ!」
「はいはい、初めてでしょ。わかってるよ」
「わかんねーだろ、そんなの!」
「わかるよ」
「なんでだよ」
「だって、私も初めてだったもん」
「えっ」
「私と同じくらい、久人がドキドキしてるの、わかったもん。だから、絶対初めてだろうな、って思って……」
「悪かったな」
「悪いよ、バカ」
「バカって言うなよ」
「こんなマヌケな顔見せる人のことを、他にどう呼べって言うのよ」
 スマホで撮った僕の写真を見せながら、彼女が笑う。
「消せって、それ」
「いーやーだ。だって、これからもこういう風に秘密を増やしていきたいからさ」
「秘密?」
「そう、秘密。だってさ、私達、もう秘密基地の中だけで恋をしなくていいんだもの。他に秘密を増やさないとね」
「バーカ……」
 目の前で七海が微笑んでいる。
 七海の手を取って、秘密基地から離れた。
 もう、僕らはここに戻ってくることはないだろう。
 だって僕らの恋はもう、秘密じゃなくなったのだから。
 でも、僕らの秘密は、これから増えていく。
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