臆病者の僕は、別れの時に君にバカと言った
 そこで声の主が同じクラスの一之瀬七海(いちのせ ななみ)であることがわかった。
「大丈夫……」
「ほんとにほんと?」
「大丈夫だって。それより……なんで俺がここにいるってわかったの?」
「えっ?」
 彼女は素っ頓狂な声をあげて、手を顔の前で左右にひらひらさせた。
「知らない知らない。だって私、ただ散歩してただけだもの」
「散歩?こんな所に?」
「うん。だって、このお寺すっごくいいじゃない?」
「……いい……か?」
「うん、すっごく」
 彼女は微笑みながらそう言うと、このお化け寺のことを、目を輝かせながら話し始めた。
「あのね、ここのお寺のちょっとボロってしてるところがいいの。まだまだ足りない気はするんだけど、これからもっとボロボロになっていくから、それがおもしろそうだと思うんだよね。それにさ、ここって住職さんいないって言うし、そうなると誰も管理しないだろうから、もっとボロボロになってくれると思うんだ。それが楽しみなんだよね。ただね、お堂の中には入れないんだ。扉の隙間から中が見れるんだけど、鍵がかけてあるんだよね。壊して入るわけにもいかないから、どうしようかなって思ってるんだ。そうそう、あとね、そこにあった……」
「ストップストップ」
「なに?まだ話し足りないんだけど」
「なに、お前ってオタクなの?」
「オタク?」
「だから、そういう、詳しいこと知ってる人をオタクって言うんだって兄ちゃんが言ってた」
「それは知ってるけど……この程度じゃオタクなんていうのも失礼だよ」
「えっ」
「だからね、オタクっていうのはもっとこう、詳しい存在なのよ。私みたいな中途半端なつるぺったんな娘が」
「うるさーい!」
「なによ!」
「お前いっつもそんな性格じゃないじゃん!なんでそんなにマシンガンみたいにしゃべるんだよ!」
「……ごめん」
 彼女は何か悪いことをしたという表情をすると私に頭を下げた。
「いや、悪いことなんてないんだけどさ……」
 責めるつもりはなかった。ただ、教室で見る彼女とはまったく違うことに驚きを覚えただけだった。教室での彼女は周囲の友達と合わせて笑い、特に自己主張をしない存在だった。少なくとも、何度か見ていた僕は、そう思っていた。
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