臆病者の僕は、別れの時に君にバカと言った
 思えばその頃から彼女のことが気になっていたのだろう。でなければ、出会う前のことをここまで思い出せるわけがない。自分でも気づいていなかった恋心は、小学生の鈍感さで体の中にただ存在しているだけだった。
「そういえばさ」
 彼女はそう言うと、首をかしげた。
「ここで何してたの?」
 その時「なんでもない」と言うのは簡単だった。幼さがもつ秘密を暴かれようとしているのだ。それに、相手は『女子』だ。男子小学生にとっての彼女達は、理解の出来ない生物だ。群れて、こちらの好きな物を『わからない』と言い『男子はガキ』と言ってなじる連中。両者にはどうにも出来ない溝のようなものがあるのだ。
『女子と親しくしている男子は女々しいヤツ』
 そんな言葉がいつの間にか出来て、女子と仲良くしているだけで茶化され、下手をすればカップルとまで言われてしまう。その空気の中に身を置くのだけは、避けなければいけなかった。
 男子小学生はそういう『見栄』で成り立っている大馬鹿野郎の集まりだった。
 けれど、僕は七海を拒否をしなかった。
 じんわりと早くなる胸の鼓動に違和感を覚えた。
 それが『秘密を話すこと』に興奮したのか、それとも沈んでいるはずの恋心が顔を出したからなのかはわからなかった。
「ここ、俺の秘密基地なんだ」
 彼女はその言葉に、目をキラキラとさせた。
「すっごーい!」
 心の底から思ったことを言葉にしているようだった。
 僕はぶっきらぼうに『そうでもない』と答えながらも、笑顔になっていた。女子の前で笑うなんて、男子の中ではかっこ悪いことだったので、自然と笑わないようになっていたというのに。
「ねえねえ、ここにある物って、全部ひっさんが集めたの?」
『ひっさん』というのは、僕のあだ名だった。篠山久人の名前の部分と、授業で習った『筆算』の響きからつくられたそれを、女子から言われるのは初めてだった。
「そうだよ。俺が拾ってきたり、家にあるやつ持ってきたりしてるんだ」
「ここにある図鑑とかも?」
「それ、父ちゃんの部屋で埃かぶってたやつ。なんか知らない言葉で書かれてるし、魔法の本みたいだと思ってさ。かっこよくない?」
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