臆病者の僕は、別れの時に君にバカと言った
「ここのこと、黙っていてほしかったら私も仲間に入れて」
「ダメダメダメダメダメ!」
「いーじゃんケチ!ひっさんのケチケチ星人!」
「いいから帰れ!絶対にここに来るなよ!」
「いーやでーす!」
 何度かのやりとりの後で、僕は諦めた。
「もういい、お前の好きにすれば」
「よかった。じゃあ、帰るね」
「おい、一之瀬!」
 帰ろうとする彼女を振り返らせる。
 視線が合うと、なぜか恥ずかしくなってしまい、顔を下に向けた。
「絶対に誰にも言っちゃダメだからな」
「勿論だよ」
 彼女はそう言って秘密基地から出ると、何事もなかったかのように、歩き出した。
 これからのことを考えて頭を抱えると、ズンとした痛さを感じた。床にぶつけたところがコブになっているようだった。それをぐにぐにと触り、わざと痛みを感じさせながら、湧き上がってくる恥ずかしいという感情を沈めようとしたがなかなか静まらず、日が暮れるまでかかってしまい、家に帰った僕は母親からこっぴどく怒られるハメになった。

「ひっさーん」
 背中の方からその声で呼ばれた瞬間に、自分の背中に冷たい汗が流れたのがわかった。歯を強く噛んで、その冷たさに堪えながら振り向くと、白い歯を見せながら笑う七海の姿があった。
「やっぱり、今日はいた」
 そう言って前に屈みながらこちらに来ると、僕の隣に座った。
 いつもの自分なら言える「帰れよ」という言葉は、喉の奥でつかえたまま出てこようとしない。喉よりももっと下の方で激しく動く心臓が、喉の筋肉の動きすらも奪っているかのようだった。
 心臓から送られる血は、頬に留まって熱となる。赤くなっているであろうその頬を、七海に見られまいとして、隣に積んである本を適当に広げて顔に近づけた。
「こんなに暗いのに、読めるの?」
「う、うるさいな。読めるよ」
「どれどれ……?」
 開いてる本を七海が覗き込もうとしたのを避けるように、自分が体を斜めに傾けた。七海はさらに覗き込もうとするため、こちらに寄り添う体勢になる。吐く息すらも感じられるぐらいに近い。
 耳の近くで小さく聞こえる呼吸音を聞くたびに、胸の鼓動が少しずつ速くなっていく。
「ほら、やっぱり読めない。暗いところで本を読んでると、目、悪くなるよ?」
 耳元でそう言ったせいで、彼女の吐息が耳に当たって穴の中に入った。くすぐったくなり『ひゃうっ』という声を上げてしまった。
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