【完】黒猫





黒猫が人間の前を通り過ぎた。
「え〜今黒猫が前通ったんだけど〜朝から最悪〜」
人間の間では黒は不吉で知られ、その色の猫が前を通ると悪いことが起こるらしい。
黒猫は悪態をつかれたのを知ってか知らずか、今までと同様美しい姿勢で歩いていく。

黒猫が向かったのは古い大きな家。
黒猫が一声。誰かを呼んでいるようだ。
中から若い見目の女性が出てきた。
「やまと、いらっしゃい。待ってたわ。」
スキップでもしだしそうに顔も声も明るい。
黒猫は慣れたように玄関をくぐり、足を拭いてもらってから中に入った。
黒猫はお気に入りの毛布に腰を据えた。
女性はわくわくしながら猫の首にあった何かをとった。
「いつもありがとう。」
そういうと黒猫を撫で、素早く移動した。
いくらか時間が経ち、黒猫の耳が少し動いた。
少しすると、女性が廊下を歩く音がしてきた。
「やまとお待たせ。………。よし、じゃあお昼にしようか。」
そういうと女性は二人分用意し、黒猫と一緒に食べた。

夕刻、赤く染まり始めた空を見て、黒猫は立ち上がった。
それを見た女性は玄関の戸を開けた。
黒猫は赤い背景に消えた。
「またね。やまと。」
そんな声を背にして。





朝日が昇り、だんだんと人間の声が盛んになってきた。
そんな時間、青年が一人古い家に着いた。
「おじいちゃん。きたよ。」
青年はそういうと、躊躇なく玄関を開け入り、一番近くの扉を開け中に入る。
その部屋にいた老人は、目を開けたが声を発することはなかった。
その代わり、ベッドに倒していた体をゆっくりと起こした。
そして
「ありがとう
いらっしゃい」
という二文をスケッチに書いて見せた。
老人は青年から何かを受け取ると、ベッドに付属された机を引き集中し始めた。
青年は老人が終わるまで待った。
昼になる前に老人は終わり、青年は老人に渡した何かを手に取ると、その家を後にした。





昼。古い大きな家に着いた黒猫。
いつも通りに一声。
「やまと、いらっしゃい。待ってたわ。」
いつも通りに動く黒猫。
「いつもありがとう。」
黒猫の頭を撫で微笑んだ。
移動した女性の姿は見えない。
だが黒猫はなにか察しているのか、目を伏せじっと待っている。

夕刻、暗くなり始めた頃、女性の姿が見えた。
黒猫は立ち上がり、玄関へ向かった。
女性は戸を開ける。
「今までありがとう。
じゃあね、やまと。」
二度と呼ばれることは無いその名を背に聞き、少し止まった黒猫は、次の瞬間一心不乱に走って行った。
黒猫のすぐ近くには、星が煌めいていた。





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