生産性のない恋
それからしばらくは何もなかった。

あの日しばらく唇を重ねた後、彼女は何も言わずに僕の胸を押し返して滑り込んできた電車に乗り込んだ。

あの時交換したはずのSNSにメッセージは一度も来なかったし、廊下ですれ違えばいつものように挨拶を交わすだけでまるで何もなかったかのようだった。


「あ、」

その日、会社近くの本屋に寄ったのは本当に珍しいことで、それがなかったらまた違ったのかも知れない。

本棚と本棚の間にふと目を向けると、彼女と目が合った。
僕はそこで立ち止まる勇気がなくて、彼女がいる本棚の向かい側に回って、少し屈んで本棚の隙間から様子を窺った。

「どうした?」という男の声がした。

本を選ぶ振りをして、少し身を乗り出した。
顔は見えないが、二人の関係性は明らかだった。
向かい側にいる彼女は、彼氏に気付かれないようにそっと本棚の隙間から僕の方を覗き込んだ。

「ううん、何でもない」

ふーんと男は興味はなさそうで、背中だけが見えていた。
彼女は僕の目の前の本をとろうと手を伸ばした。

と、思って見ていたが、本を通り越して身を乗り出した僕の指に触れた。


その瞬間、彼女の唇が動いたが、僕は首を傾げた。

僕は声を出さずに『好きだ』と言った。
彼女の大きな目がさらに大きくなっていた。
そして、僕の手を放して背を向けた。
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