白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
 馬車が止まるのに合わせてアイリの指に力がこもり、すぐに抜けて行った。人気のない場所である為に周囲はとても静かだ。ひどく大きく伝わる心臓の鼓動は自分とアイリ、どちらのものなのだろうか。

 それはきっと意味のない行為だと分かっていながら息を潜める。

 外の気配に意識を集中させれば馬のいななきと、くぐもったうめき声のような音が聞こえた気がした。次いで、金属同士がぶつかる音が続く。それから馬車全体が不自然に揺れた。

 あきらかに外の様子がおかしい。どう考えても穏便な状態にないのは確かだった。


 ロゼリエッタの身に良からぬことが差し迫っていることは疑いようもない。ロゼリエッタとて、この期に及んでなおも大丈夫だと楽観的に状況を判断したりはしなかった。頭は最悪の事態の可能性も考えはじめる。つまり――武装した何者かに馬車が襲われたかもしれない、と。

(何か、武器になるものは)

 抵抗したり逃げたりする為ではない。どちらを選んだってロゼリエッタでは簡単に取り押さえられてしまうのは目に見えている。戦ったり抗ったりする為ではなく、危機を感じた際に自害する為だ。

(そうだわ、髪飾りの先端なら)

 ロゼリエッタは武器となりうる所有物に気がつき、髪飾りへ手を伸ばそうとした。その意図を察したのか、アイリが鋭く息を飲む。咄嗟に両手でロゼリエッタの手を包み込んだ。

「いけません。お嬢様、決して早まっては」

「でも」

 左右に首を振りながら懇願するアイリの口ぶりはまるで、こうなることを知っていたかのようだった。

 それから助けを求めるような目を馬車の外に向ける。

 一連の挙動は、アイリが何者かと(あらかじ)め結託していたのではないかという疑念を抱かせるには十分すぎた。

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