白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
 馬車のドアが静かにゆっくりと開けられる。日中の明るい陽射しと、ドアを開けた人物のそれと思しき影が同時に馬車の中へ差し込んだ。ロゼリエッタは恐怖に固まって視線を向けることすら叶わなかった。


 完全に車内が影に染まる。昼間のはずなのに頭上から暗い影が落ちて行く様子は絶望の訪れにも等しい。

「ロゼリエッタ・カルヴァネス嬢。あなたにはマーガス王太子殿下暗殺未遂の容疑がかけられております。ご同行下さい」

 冷ややかな声が恐ろしい罪状を告げる。

 ロゼリエッタはようやく顔を上げ、視線を向けた。


 視界に入ったのは護衛のどちらでもなかった。

 白に金の縁取りが入った甲冑を身につけている。

 見覚えのある意匠は、王城に勤める衛兵と同じものだ。顔は口元以外を覆う仮面に隠れて見えない。ただその口元は軽く吊り上げられ、仮面の黒と相俟って友好的であるようには見受けられなかった。


 もっとも、顔が見えたところでロゼリエッタに分かるのはクロードかそうでないか。それだけのことだ。そして目の前の衛兵はクロードではなかった。

「馬車の御者や、護衛の二人に何かしたのですか」

 震える身体と心を叱咤して尋ねる。

 もし彼らに何らかの危害をくわえた後であるのなら、自分の身も無事では済まないだろう。

 取引なんてできる自信はない。だからと言って何もしないでいるのはいやだ。ならば自らが何とかする以外なかった。

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