白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
 でもそれ以上にシェイドの――クロードの母親が住んでいたという屋敷で誰にも邪魔されることなく共に過ごしたいと、浅ましい願望も抱いた。婚約の解消を思い直してもらえるかもしれない。そんな期待もあった。


 帰れるのなら、帰りたい。

 シェイドの手を振り払うことは簡単にできるのだ。

 ただ離宮を出れば、マーガス暗殺のあらぬ罪を着せようとする人々に見つかって今度こそ捕らえられる。アイリにだって二度と会えないかもしれない。その可能性があるというだけで。

「――もう一つは」

 ロゼリエッタに一人で帰る方法を模索させまいとするかのように、シェイドは話を進めた。

 強引に感じたのは、引き留めて欲しい気持ちがあるせいなのかもしれない。けれど帰る帰らないは押し問答になるだけなのも事実で、何も反論しなかった。

「あなたがここへ初めて来た日、あなたが利用されたのはレミリア王女殿下に近い存在だからだとお伝えしたことを覚えていらっしゃいますか」

「はい」

「あの言葉には、足りなかった言葉があります。レミリア王女殿下に近しいこと以上に――あなたが"クロード・グランハイム"の婚約者だったからです」

「それは――どういう、意味でしょうか」

 初めて声が震えた。

 シェイドは組んだ指先から血の気が失せるほど、さらに力をこめる。テーブルの一点を見つめてはいるものの、果たしてそのままの景色が見えているのか分からない。

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