白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
「もちろん病に罹ったことも理由の一つではある。だが――」

 遠い記憶を手繰っていたクロードは躊躇いがちに言葉を紡ぐ視線を向けた。

 無言のまま先を促す。

 父が言わんとしていることこそが、クロードがいちばん知りたい過去に違いない。


 同時に、グランハイム家が最も隠し通したいことでもあるのだろう。

「婚約者以外の異性との間に子供を授かってしまっては、どうしようもなかった」

 苦悩の面持ちで父が伝える事実を聞いた瞬間、クロードの中で全てが一つの線に繋がった。


 やっぱり。

 そんな思いが脳裏に浮かんだ。

「――僕は父上と母上の子ではなく、本当は叔母上の子なのですね」

 父は重々しく頷く。

 二人の兄とは違って、自分だけが両親の血を継ぐ子供ではない。隠され続けていた真実を知っても不思議と傷つきはしなかった。


 薄々と察していたのだ。

 頭を撫でてくれる叔母の優しい手が、母のそれとよく似ていたから。

 クロードの青みがかった緑色の目を見つめる叔母の目が、悲しそうなのにひどく幸せそうだったから。

『本当は許されないことでも、あなたの成長を一日でも見届けたいと願ってしまうの』

 泣きながら、そう言って笑ったから。

「私も妻も、君を実の息子のように思っている。どうかそのことも忘れずに、私の話を最後まで聞いて欲しい」

「はい」

 真実を知る頃合いだと思ったのか。

 あるいは隠し通すことに限界を感じたのか。

 どちらにしろ全てを話す気になったらしい父の言葉を、一言も聞き逃すことのないように耳を傾ける。

「マチルダは君を産むことを何よりも強く望んだ。そうでなくとも――貞節を重んじるべきはずの令嬢が不貞を働いた時点で嫁ぐのは非常に難しい。その恋が一時の気の迷いなどではなかったのなら、なおさらだ。だから重い病を患ったと偽りの理由をでっちあげ、婚約を解消する運びとなった」

 父は大きく息を吐く。

 それから中空へとその目を向けた。

 遠く過ぎ去った出来事を懐かしむような様に、名門貴族の主たる威厳はない。たった一人の妹を失って悲しむ兄の姿だけが、そこにあった。

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