白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
 陽が暮れる前に屋敷に戻る兄を見送り、敷地内にある白詰草畑に向かう。


 四葉は今日も見つかりそうにない。

 幼い頃は、侍女の優しさがあったから見つけられた。そしてロゼリエッタ自身がクロードのことだけを想って探していた。


 だけど、今はもう違う。

 純粋にクロードの幸せを願っては探せない。


 クロードは手紙をくれる。

 でも一つだけ、全く書かれないことがあった。クロードの新しい婚約者の話だ。

 アーネストのことを差し引いても隣国の貴族や令嬢たちが放っておくはずがない。婚約者がいないと知れば積極的に動くのではないだろうか。


 だからロゼリエッタは心から彼の幸せを望めない。

 それでも探し続ける。

(幸せになって、欲しい)

 白詰草をかき分ける手元に影が差した。

 背後から細長い影が伸びる。ロゼリエッタは手を止めて振り返った。

「アイリ? ごめんね、もう少しで戻るか、ら――」

 顔を確かめる為に顔を上げ、その目が驚きで見開かれる。


 アイリよりずっと高い場所にある顔。

 太陽の日差しよりもずっと眩しい金色の髪。

 空の色とも海の色とも違う青みがかった緑色の目。


 優しい笑みを浮かべ、ここにいるはずのない人物が確かにいて、ロゼリエッタを見下ろしている。

「僕の可愛い白詰草。約束通り迎えに来たよ」

 クロードはロゼリエッタの正面に回り、いつかと同じく姫君に対する騎士のように片膝をついて目線の高さを合わせた。

 少しだけ、痩せた気がする。それとも半年の間に、さらに大人になったのかもしれない。

 ロゼリエッタは俯いて首を振った。

「そんな約束を交わした覚えはありません」

「約束してるよ。ちゃんと後で迎えに来てって言った君に、必ず行くって答えてる」

 そのやり取りは、二人で最後に出た夜会で交わした言葉だ。だけどそれは、ダヴィッドと一緒にいるところにクロードが来たことで――。

(――ううん。だってあの日は結局、クロード様とはあの場で別れて)

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