白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
 クロードを失ってもロゼリエッタは醜いままだ。

 人はそう簡単には変われない。

 些細なことで心を乱し、消えかけていた炎に似た想いはあっという間に煽られて大きくなって行く。


 中を改めてもいいのか躊躇うロゼリエッタから封筒を取り戻し、ダヴィッドは便箋を出した。その時、覚えのある香りがほのかに漂って来る。ロゼリエッタは思わず息を鋭く詰め、便箋を見つめた。


 クロードのつけていた香水と同じ香りだ。


 最初で最後の抱擁を思い出して心が震える。

「ロゼを頼むと、そう記されていたよ」

「え……」

 ロゼリエッタは息を飲み込むとダヴィッドを見つめた。ゆっくりと右手を伸ばせば意図を察してくれる。便箋だけがそのまま渡された。

(――嘘よ。ダヴィッド様は、わざと嘘をついていらっしゃるんだわ)

 ロゼリエッタの願望がそう囁きかける。

 でも分かっているのだ。

 ダヴィッドがそんな嘘をつく理由も意味もない。だけど嘘であって欲しかった。


 震える手で便箋を開き、見たら傷つくと想像のつく文面に視線を落とす。
 手紙に書かれた内容は長くない。

 社交辞令としてお決まりの挨拶と、ダヴィッドが言ったようにロゼリエッタをこれから守ってあげて欲しいという要望。それだけだった。

 必要なこと以外を語らないと言えばクロードらしい手紙なのかもしれない。でも、それはすなわちロゼリエッタに関することはクロードにはもう必要ないと、そういう意思表示でもある。


 当事者となり言いにくかったのだろう。ダヴィッドが唯一伝えなかったことも便箋には書かれていた。

「ダヴィッド様が、私の婚約者に……」

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