白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

9. 婚約と言う名の契約

 ロゼリエッタは泣いている自分に気がつき、慌てて指で涙を拭う。

 誰の前でも泣かないと決めたばかりなのに弱く、嘘つきだ。


 ダヴィッドがハンカチを差し出したり、慰めの言葉をかけないことが今はとてもありがたかった。今ここで人の優しさに触れたら、涙が止まらなくなってしまうに違いない。そしてきっと、自分の足では立てなくなって行くのだ。


 逆に言えば、ただ見守っていてくれるだけのダヴィッドは本当に優しい。

 だからクロードもロゼリエッタを託す相手に選んだのだろう。

「ごめんなさい、ダヴィッド様」

 涙で濡らしてしまわないよう便箋を返し、両手の指を組んだ。

 なおもまだ小さくしゃくりあげる。いっそのこと、みっともないくらいに泣き喚いた方が楽になれるのかもしれない。だけど泣くことにすら体力は必要で、今のロゼリエッタにはそんな力もなかった。

 だからいつまでもわだかまりが残るのだ。だけど忘れられるわけがない。ロゼリエッタ自身が、忘れることなど望んではいないのだから。


 気持ちの整理をつけるのに、どれだけ時間をかけたのか。

 もう大丈夫だと心を奮い立たせるとダヴィッドに視線を戻して頭を下げた。

「本当にごめんなさい」

「いや、俺のことは気にしなくていいんだ。ただ手紙を受け取ってすぐ、グランハイム公爵家に行ったんだけどね。残念ながらクロード様本人には会えなかった」

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