白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
 にわかに心臓が大きく脈打ちはじめた。

 まだクロードと繋がりがある。今のロゼリエッタは、傍から見たらまだクロードの婚約者なのだ。


 期待してはいけない。希望を抱いてはもっといけない。

 理性はそう言い聞かせても、感情は言うことを聞かないばかりかその抑止を振り払った。一筋示された光明に手を伸ばし、掴もうと足掻きはじめる。


 クロードも命を落としたと決まったわけじゃない。きっと――いや、必ず生きている。彼が戻った時に話し合えば、また婚約者にも戻れるかもしれなかった。

「その状態で、当事者とは言えクロード様の出した文書のみで俺が君と婚約関係を結ぶことはできないと思うのだけど」

 ふと違和感を覚え、ロゼリエッタはダヴィッドを見つめた。


 そうして、違和感の正体にすぐに気がつく。

 もしかしたらダヴィッドはクロードが隣国で行方不明になったことを知らないのだろうか。それ以前に、隣国へ行ったことすら知らないというのも十分にありえた。


 公爵家の人物が他国で行方知れずになる。

 それはたとえ国同士が友好関係にあろうとも、とても大きな出来事のはずだ。少なくともグランハイム公爵家に表立った動きがないのはおかしい。あるいは、政治的要素が関わりすぎていて却って公にはできないのだろうか。


 ロゼリエッタは視線を彷徨わせた。

 いずれあかるみになることだ。でも今はおそらく一部の人々しか知らない。従兄相手とは言え、それをロゼリエッタ個人の判断で話して良いとは思えなかった。

 だけどクロードが婚約解消を決意した理由は、隣国へ行くからだ。

< 57 / 270 >

この作品をシェア

pagetop