白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
10. 不穏な噂
「ではこちらに、署名を」
右目に片眼鏡をはめた紳士に促されるも、ロゼリエッタは従えずにいた。インクを乗せてない羽ペンを握りしめたまま、無言で項垂れる。
視界の隅に、紳士が身に着ける片眼鏡のリングに通された細い金の鎖が三本揺れていた。うち二本は首にかける為、輪っか状になっている。残りの一本は装飾目的であるらしい。顎の下辺りにまで伸びた先端では小さなエメラルドがきらめきを放っていた。
片眼鏡の紳士――スタンレー公爵は、グランハイム公爵家と比肩する大貴族の現当主だ。今回、クロードとの婚約の仲介人を務めてくれている。
とは言え血縁関係のない二人の婚約の顛末自体は、スタンレー公爵にはどうでもいいことだろう。ただし婚約関係を結んだ時と同様、解消するにあたって公爵には立ち会わなければならない義務があった。
忙しいであろう公爵に家へと足を運ばせたうえ、時間を取らせてしまっている。
そう思うとひどく申し訳ない気持ちしか沸かなかった。けれど、ロゼリエッタが同意書に署名してしまえば、それで全てが終わってしまうのだ。すでに終わったも同然ではあっても、自らの手で幕引きをする勇気がどうしても出ないでいた。
「そういえばロゼリエッタ嬢、君も先日開かれた王城での夜会にいたそうだね」
右目に片眼鏡をはめた紳士に促されるも、ロゼリエッタは従えずにいた。インクを乗せてない羽ペンを握りしめたまま、無言で項垂れる。
視界の隅に、紳士が身に着ける片眼鏡のリングに通された細い金の鎖が三本揺れていた。うち二本は首にかける為、輪っか状になっている。残りの一本は装飾目的であるらしい。顎の下辺りにまで伸びた先端では小さなエメラルドがきらめきを放っていた。
片眼鏡の紳士――スタンレー公爵は、グランハイム公爵家と比肩する大貴族の現当主だ。今回、クロードとの婚約の仲介人を務めてくれている。
とは言え血縁関係のない二人の婚約の顛末自体は、スタンレー公爵にはどうでもいいことだろう。ただし婚約関係を結んだ時と同様、解消するにあたって公爵には立ち会わなければならない義務があった。
忙しいであろう公爵に家へと足を運ばせたうえ、時間を取らせてしまっている。
そう思うとひどく申し訳ない気持ちしか沸かなかった。けれど、ロゼリエッタが同意書に署名してしまえば、それで全てが終わってしまうのだ。すでに終わったも同然ではあっても、自らの手で幕引きをする勇気がどうしても出ないでいた。
「そういえばロゼリエッタ嬢、君も先日開かれた王城での夜会にいたそうだね」