白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
 右手の甲を閉じた目に押し当てた。

 光のない世界に、ロゼリエッタのすすり泣く声だけが響く。冷たい雫がとめどなく頬をすべり落ちた。


 ロゼリエッタの決意など所詮この程度のものなのだ。

 一人になると簡単にぐらつく。弱く臆病な心が恋を失って強くなれるはずもなかった。

(忘れたくなんてない。思い出さえも私から取り上げたりしないで)

 もう一人のロゼリエッタが心の中で悲鳴をあげる。

 子供のように泣きじゃくる彼女を慰めて宥める方法をロゼリエッタは知らない。いつか涙が枯れることを待つしかできなかった。





「おはようございます、お嬢様。お目覚めでいらっしゃいますか?」

 ドアをノックする音と、アイリの声が聞こえる。

 どうやら昨夜は泣き疲れてそのまま眠ってしまったらしい。目を開けようとして、違和感を覚えて眉を寄せる。

「お嬢様?」

 返事もせず、起き上がることもしないロゼリエッタに異変を察知したようだ。アイリの声に不安の色がわずかに混ざった。

 緩慢な動作で上半身を起こし、ロゼリエッタは両手で目元を覆う。聞こえるか自信はないけれど懸命に声を振り絞って答えた。

「目が、とても痛くて開けられないの」

「まあ……! 少しだけお待ち下さいね」

 泣きすぎたせいだろう。声も、上手く出せない。それでもアイリには状況が伝わったらしく、ばたばたと走る足音が遠ざかって行った。

 しばらくして今度は足音が近づいて来る。ロゼリエッタの部屋の前で止まり、失礼します、と断りの後でドアが開く音がした。

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