白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
「でも、まだどれだけ領地にいるかは決めてないの。もちろん、アイリがこちらに戻りたくなったらいつでも戻ってくれて構わないのだけれど……」

「とんでもありません」

 アイリは力強く首を振ってロゼリエッタの言葉を遮った。

「お嬢様に不必要とされるその日まで、このアイリをどうぞお仕えさせて下さい」

「ありがとう」

 何の迷いも感じさせない真っすぐな目と声で応えてくれるアイリに笑いかけ、あと数日で離れることになる室内を見やる。

 新しい生活に、この部屋の全てを持ってはいけない。置いて行くものを選別する必要があった。


 真っ先にベッドの脇へと視線が向かう。

 クロードからもらった大切なカード。捨てることはできなくても、置いて行くことはできる。でも、ロゼリエッタはそれを実行できるのだろうか。


 あのカードはクロードそのものに等しかった。大切な思い出がたくさん詰まっている。見たらどうしたってクロードを思い出す。そうしたらまた泣いてしまうだろう。でも手元になければ――きっと、不安になる。

「お嬢様、少し外へと用事を済ませに出掛けてもよろしいでしょうか」

「うん。行ってらっしゃい」

 気を遣ってくれたのか、そう申し出るアイリに頷きを返す。

「ありがとうございます。夕刻までには戻って参りますね」

 一人になれば、ロゼリエッタは立ち上がってベッドに歩み寄った。宝石箱を開けてカードを取り出す。


 途端に涙が潤んで来る。

 今はまだクロードを想い痛む胸も、王都を離れて療養することで癒える日が来るのだろうか。


 分からない。

 今はまだ、分かりたくない。


 涙を拭うと箱にカードを戻した。

 このまま想いごと閉じ込める勇気が持てない自分は、とても弱虫だ。

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