白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
 温かなものが胸を満たして行く。

 彼らに見えるよう大きく手を振って、別れの寂しさに泣きたくなる前に窓を閉めた。それを合図にして馬車がゆっくりと走り出す。

「まだ先は長いですから、お休みになられますか?」

「そうね。少し眠るわ」

 アイリの言葉に頷き、靴を脱いで広い座席に横たわる。長距離移動用の馬車は小柄なロゼリエッタが足を曲げて寝られる程度には幅広い。

 目を伏せると、ごゆっくりとお休み下さいませ、そんな優しい言葉が聞こえた。柔らかな布が頬に触れる。おそらくは膝掛けをかけてくれたのだ。


 ありがとう、おやすみなさい。

 そう答えたつもりが、ロゼリエッタの意識はすぐさま心地良い眠りの世界へと落ちて行った。




「お目覚めになられましたか」

 目を開けるとアイリの優しい笑顔がそこにあった。

「到着にはもうしばらくかかるようです」

 ずいぶん長い時間眠っていたような気がするけれど、そうでもないらしい。それでも同じ姿勢を取り続けていた疲労は少なからずあって、ロゼリエッタは掌を外側にして指を組むと伸びをした。

 眠っている間に光が差し込まないようにアイリが気遣ってくれたのだろう。馬車の中は仄かに薄暗い。しばらくは見ることのない風景を目に焼きつけようとふいに思い立ち、窓にかけられたカーテンを半分だけ開ける。

 次にこの風景を見るのはいつなのだろう。そんな感傷に浸りかけた心が違和感を覚え、ロゼリエッタは窓越しに通って来た道を振り返った。

「どうかなさいましたか?」

 隣に座るアイリが不思議そうに声をかける。ロゼリエッタは答えず、記憶の中の景色と実際の景色とを頭の中で重ね合わせた。

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