白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
 領地に向かう道と違う。

 馬車の外を、全く見覚えのない風景が流れている。


 御者がいつもと違う道をあえて選んでいるのだろうか。いや、何らかの事情で予定を変えることになったのなら出発の際に伝えるはずだ。

(どういうこと?)

 いやな予感に背筋を冷ややかな汗が伝う。でも御者はカルヴァネス家で長く働いてくれている、信用のおける人物だ。十年以上も誠実に仕える彼が、ロゼリエッタを良からぬ場所へ連れて行こうとしているとはとても思えない。


 それに護衛だって二人、馬車の両側にそれぞれいるのだ。彼らも行き先は当然知っている。そこから外れたのを看過するなんてあるだろうか。


 だけど、胸騒ぎが治まらない。根拠もなく漠然とした、冷たい不安が奥底から込み上げる。

「大丈夫です、お嬢様」

 ロゼリエッタの不安を感じ取ったらしいアイリが、しっかりと手を握った。

 アイリの手を握り返し、目を伏せる。温かな感触に心がいくぶんか冷静さを取り戻して行く。でも芯の部分は未だ冷えたままだ。

 状況が分からないことにはロゼリエッタではどうしようもない。その為には目を開ける必要がある。おそるおそる目を開け、けれど自分の手元を見つめるのが今は精一杯だった。

「彼らは、そしてもちろん私も、どんな時もお嬢様の幸せを心から願っております」

「アイリ……?」

 どういうことなのか尋ねようとすると馬車が速度を落としはじめた。この状況で、領地に着いたからだとは素直に思えない。窓の外も相変わらず見知らぬ景色が続いていた。

< 99 / 270 >

この作品をシェア

pagetop