sugar spot
その迷惑そうな表情を見ると、
胸が痛む理由が、ずっと分からなかった。
気付かないふりをしてきた。
チラリと男の後ろに視線をやると、いつの間に持ち込んでいたのか、ベッドの側に置かれたタブレットには、メールの画面が開かれている。
もしかしてこの男、此処でも、仕事してたの。
「…あんたは、ロボットか。」
「は?」
「常に、いつも、何も、間違わない。
そういうマシーンにでも、なるつもりなの。」
ぎゅう、と持ってきた男の鞄と
ペットボトルを抱えた手に力が入る。
頑張ってばっかりで、どうするの。
いつ気を抜くの。
そんなの絶対、いつかパンクする。
「……梨木、」
「…失敗して、何が駄目なの。」
「……、」
「助けるくらいなら、私も出来る時、ある。」
私は一人で何をベラベラと喋っているんだろうと、
焦りは勿論募る。
だけど、止められない。
「そんな、嫌そうな顔じゃなくて。
…ありがとう、で、何で駄目なの?」
______だって、紛れもなく本心だったから。
声が不恰好に震えて、恥ずかしさが増した。
男の顔は当然ずっと見られていなかったけれど、身体そのものを背けようとすると、いつかのように腕を掴まれる。
私なんかよりずっと熱さを保つその温度が、
嫌じゃない自分が居る。
「……なに、?」
「嫌そうな顔じゃ無い。」
「…あんた、そんなに顔歪ませて何言ってんの。」
「…格好悪いだろうが。」
舌打ちして、もっと顔を歪めた男にはいつも見たいな涼しい余裕は1ミリも無い。
やっぱりその、全く似合わない冷えピタのせいなのかと、腕を拘束されて向かい合ったままに思う。
「……何が。」
「失敗して助けてもらうの、格好悪い。」
「…あんた、私に喧嘩売ってんの。」
「…お前が失敗するのは良いだろ別に。
もう今更だし。」
やっぱり喧嘩売っていると眉間に最大限、皺を寄せたらまた舌打ちをされた。
この空間、治安が悪すぎないだろうか。
「俺は、お前には出来れば、助けられたく無い。
頼りたく無い。」
"__俺は、あいつには絶対、頼らない。"
「……分かった、もう良い。」
此処まで拒絶されるとは、思わなかった。
じわっと急激に瞼に集まった熱を早急に逃がしたい。
そのためには一刻も早くこの腕を解いてほしいのに、熱が出ている筈のこの男は全く力を緩めない。
決して広いといえない簡易のベッドが置かれただけの救護室は、男の気配があまりに近かった。
「離して。」
「お前、最後まで聞け馬鹿。」
「…聞いたし、もう理解しましたけど。」
「俺、今日逃がさないって言わなかった。」
「……、」
まるで獲物を狙うみたいな、そういう鋭い光は熱のせいなのか分からないけど、呆気なく捕まってしまう自分が嫌だ。
もうずっと、拍動が大きすぎて心臓がとっくに痛い。
逃がさないも何も、あんた熱出して倒れたくせに。
私が会いに来たんだけど、と正論をぶつけたくなる。
その時、「出来れば」と続けるように吐き出した声が、いつもより頼りなく聞こえたのは錯覚だろうか。
「…俺はお前に、頼られたい。」
不服そうな声で呟かれたその言葉を理解した瞬間に、全く意図なんかしてなくて、だけど確かに、ぽた、と一粒だけ涙が出た。