sugar spot
尋ねても、何の反応も無い男は私とはもう趣味の話だとかそういう部分では、やっぱり近付きたく無いということなのか。
「…変なこと言った。忘れて。
そっちも、仕事上で助けたいって思ってくれてるなら、それは、有難いと私も思うから。
そ、そこは同期として、よろしく、」
"お前に頼られたい"と、
仕事で避けられてるわけじゃなかったと。
その一致が分かっただけで、止めれば良かった。
「じゃあ、お大事に、」
「おい、俺まだ何も喋って無いだろ。」
「、え…」
その場を去ろうとしたのに、むしろ腕を前方に引っ張って戻してくる男の力の反動で、さっきよりもまた至近距離で視線がぶつかる。
端正な、中性的な美を失わない顔立ちはそのままだけど、やはり眉間の皺が深いし、吐き出す息の艶めかしさは、熱のせいなのだろうか。
「CDは当たり前にフラゲして買った。
限定盤も通常盤も。」
「…真似しないでよ。」
「何が。あと俺は3曲目が良い。」
「ふうん。」
3曲目は、確か何かの映画の挿入歌だった気がする。歌詞が印象的で、この男っぽいなと思うと少し笑えた。
「……困ると思ったんだよ。」
「…困る…?」
「俺と勘違いされたら、お前が困ると思ってた。」
どうして。
なんで、私が困るの。
何も困らない、とぽろっと言いそうになって
慌てて口の中に収める。
だけど思いもよらない言葉に、開いた口もそのままに瞬きを増やして間抜けに見つめていると、嘆息した男が
「俺の苦労は、なんだったわけ。」
と、不服そうに舌打ちをしてきた。
「…あんた、何の話してんの。」
「お前は馬鹿だって話だよ。なんなのまじで。」
「はあ?」
「…でも俺も多分、相当アホ。」
「…え。」
自分のことをそんな風に言うのが珍しくて聞き返したら、全く似合わない冷えピタを携えた男が、目の険を解いて口元に少し笑みを乗せる。
視線を奪われるようにそれを見ていたら、気づいた男が気恥ずかしそうに目を逸らそうとした。
__待って、もうちょっと見たい。
その気持ちだけに突き動かされて、いつのまにか私は片方の手を伸ばして男の頬に、触れてしまった。
「……何してんの。」
「、ま、間違えた…っ」
自分の行動に、男の言葉で気が付いて、カアアアと恥ずかしさで顔が赤みを帯びていく。
必死に否定しながら手を下ろそうとしたら、呆気なく自分より一回り以上大きな手に捕まった。
「誰と。」
「え?」
「誰と間違えたんだよ。」
…誰と、というか。
完全に自分の行動が間違えた、
という意味だったのだけど。
「いや、その、」
「…今までなら、いつもそういう風に考えてた。
お前、馬鹿だから、今も単に何も考えて無いだけなのかもしれないけど。
もう良い。疲れた。」
聞いてきたくせに、勝手に端的な、そして失礼な言葉で遮って完結させてくる男が分からない。
不思議に思いながら首を傾げたら、重なっていた右手の指を絡め取られた。
急な繊細な熱の共有に、当たり前に脈拍が上がる。
「……ありさと、」
____もう、知るか。
あまりに近い距離で、男が小さく溢した言葉を拾って反応しようとする前に、ぐ、と片手が後頭部に回された。
最後にかち合った視線の先の綺麗な瞳は、
熱を孕んで私を映す。
そこでまた心臓が跳ねたら、多少の強引さを持ち合わせた唇に言葉を全て、奪われた。
「…、!」
突然のことに、身体が一瞬で硬直する。
直ぐに唇を離した能面は、鼻先が触れ合ったままに
私を見下ろして
「…目、閉じれば。」
と謎の提案をしてくる。
「…と、閉じたら、どうするの、」
「どうすると思う。」
ほぼ無意識の中で尋ねてしまった私からの質問をかわして自分のものにしてくるのは、卑怯な戦法だ。
ムカついて睨んでも、涼しい目元はそのままで、
…というかこいつ、今、何をしてきた。
「…離してよ。」
「嫌。」
この距離感に、耐えられそうに無い。
だけど身動きが取れない。
「俺はもう、我慢すんのやめる。」
「っ、」
謎の宣言を伝えた男は、私が聞き返そうとする言葉をやっぱり飲み込むみたいに、また唇を重ねてきた。
次第に角度を変えて深まるそれに、いっぱいいっぱいで、なのに焦りと戸惑いの中で男の背中に手を回す私はどうかしている。
"なんか、思い切ってハレンチになると
気になる相手と急接近できるんだって。"
頭の奥で、女王様の言葉が
どうしてだか繰り返し再生されていた。
◇◆
【テーマ】
sugar spot (甘くなる目印)が
発見されるかどうか。
【研究回数】
4回目
【研究対象者】
梨木 花緒
有里 穂高
【研究結果】
▶︎吊橋効果ならぬ、『展示会効果』でしょうか。
これを"正の研究結果"としても良いものか、
多少の不安が残ります。
◇◆
#4.「天敵も私も、展示会にあり。」fin.