sugar spot


◻︎



奈憂からのメッセージのせいで、
確実に集中力を削がれた。

飲み物でも買いに行こうとフロアの外に出る直前、
ちらりと営業2課の島を見たけど、あの能面の姿は無かった。

あの男も当然、展示会後から
より一層忙しいに決まっている。   


その証拠に、同じオフィスで働いていても外回りや打ち合わせの時間が重なって、見事に顔を合わせない。

月曜はあの一件があって、同じフロアなのは気まず過ぎて死にそうだとさえ思ったのに、今はなんとなく心に巣食う寂しさを抱えたりするから、この感情ほど厄介なものはない。




《どうするの?こんなことしてる間に
アーリーに近づくハイスペックな美女とか現れたら。もう本当、こちらは誰もそんな展開、全然望んでないからね?》

《奈憂ってたまに、不思議な目線で話してくるよね。》



奈憂の不吉な予言に、溜息がまた溢れる。

あの日からまたなんとなく、好きな曲を送り付け合うメッセージが再開した。

きっかけは、展示会後の飲み会で「飲んでないよな」と、熱で早退した男が、まるで父親のように何の色気も無い言葉を送ってきたところからだった。


"その曲は絶対、私の方が好き。"

"どういう張り合い方だよ。"

トーク画面では、
本当にくだらないやり取りしかしていない。


「あれは、なんだったの?」「なんであんなことしたの?」と何度も聞こうとして、でも結局、送信ボタンを押せなかった。

顔も合わせずに軽く確認することでも無いと思ったのは本当だけど。

「いつならゆっくり話ができる?」と尋ねられない私は、自分が思う以上に臆病者だったらしい。



「…でも、ハイスペックな美女は困る。」

そんなの、失敗ばっかりの同期女が
太刀打ちできるわけが無い。
私だって、望んで無いよ。



降りてくるエレベーターを待ちながら見知らぬ美女への敗北の気持ちのままに息を吐き出すと、そんな感情にそぐわない、軽快な到着音が鳴り響いた。



箱の扉が開いたと同時に、そこそこの人数が確認できた。
「丁度、昼休憩後かな」とぼんやり思いながら、邪魔にならないよう端に寄って、お疲れ様です、と出てくる人々と挨拶を交わす。


"自分で見積もった"最後の1人と挨拶を終えて、漸くエレベーターへと足を踏み入れたら、その奥でゆらりと立つ人影に気付いて、動きが止まった。


「……え、」



じっとこちらに鋭い視線を向ける長身が目立つ男は、何故さっきの流れで降りなかったのか。


「な、にしてんの…気付かなかった。」

自分の見積もりが間違っていたのだと、閉まりそうになる扉に気づいて慌てて開くボタンを押す。




今の今まで、考えてしまっていた能面と急に対峙して、心臓が暴れてしまっている。

バレないように背を向けて、暫くボタンを押して扉をコントロールしているのに、後ろに突っ立っている男は、なんの動きも無い。


「……え、早く」

降りてよ、と痺れを切らして振り返ったらいつの間にこんなに距離を詰められていたのか。

後ろから伸びてきた手が、私が押すボタンの隣の【閉】ボタンを押して、そのまま私の手を取った。

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