sugar spot
「……俺が居ないの、お前も確認してたの?」
嗚呼、ほら。
この男は、そういう部分こそ聞き逃したりしない。
「……、」
「梨木。」
促すように名前を呼んで、顔をもっと近づけられる。
もう無理だ、耐えられない。
その声で、呼ばないで欲しい。
普通の同期は、話す時にこんなに近づくのだろうか。
別に、特別な話をするわけじゃ無い。
しかもこの男は、暇じゃ無いらしい。
「……すごく暇だったの?」
「お前の思考回路、なんでそんな馬鹿なの?」
馬鹿じゃないし。
だけどそうやって、突拍子もない思考に
自分を無理やりにでも落とし込まなければ。
もしかして、暇つぶしとかじゃなくて、"私と"ただ話したかったのかな、とか、自惚れそうになるくらいには、他の人に抱かない面倒な感情をこっちは抱えてしまっている。
「ちかい、ってば、」
「知ってる。つか質問、無視すんな。」
キ、と睨みつけると、整った顔が私を見下ろして微々たる口角の上がりを確認した。
察しの良いはずの男は、私が答えたくない気持ちも分かっていて無視している気がする。
「あ、あまりに全然居ないから、
サボってんのかと思っただけだし。」
私はこういう苦しくて吐きそうな言い訳を
どれだけ繰り返すつもりなのか。
握られてしまっている右手から、痛いくらい跳ねる心臓から、直ぐそばに存在する男に、自分の気持ちがいつ漏れてしまってもおかしくない。
そう思うと、焦りと怖さがどうしたって勝る。
こんな状況、奈憂が見たらすぐさま「何をモタモタしてるの!?」と介入してきそうだ。
"あの日"を有耶無耶にして良い筈が無いって分かってるけど。
どういう風に、切り出せば良いの。
「…今月は、俺とお前は
ずっとこんな感じな気がする。」
「…え?」
「外回りだけじゃ無くて、現場もあって、出張もあって、ほぼ会社で会わないだろ。」
「……そう、かもね。」
確かに、まだ月初なのにこのバタバタ感は、展示会効果もあると言えど想像以上だった。
じゃあ今日、偶然でもこうしてコイツに会えたのは貴重なのかと思うと、また必然的に抱えた感情のせいで、触れ合った指先に力を込めそうになる。
慌ててそれを自覚して、見つめられているのにも気付いて、顔を横に向けようとしたら、もう片方の手に顎を持ち上げられて簡単に視線を固定されてしまった。
「な、に、」
というか、そろそろもう、本当に離して欲しい。
「その顔は、"寂しい"で合ってんの?」
「……は、?」
いつも通りの平静な声で尋ねられた言葉を反芻したら、顔だけじゃ無くて体全身が赤みを帯びるのに嫌でも気がつく。
ちがうし、と咄嗟にいつものように否定しようとして。
"…花緒は、有里にも展示会でのこと、
ドキドキしてて欲しいんだ?"
あの女からの問いかけがまた、繰り返された。
そうだよ。
あんなこと、そっちだって思い出したら
ちゃんと、ドキドキしてて欲しい。
仕事が忙しくて会えない日が続いたら
寂しいって思って欲しい。
同じ気持ちを、抱いて欲しい。
そういう面倒な願望が「好き」ってことでしょう?
恥ずかしさと緊張で、なんなら瞼まで熱い。
それでも、微かにだけどちゃんと縦に頷いたら、こちらを窺うような眼差しを向けていた男のアーモンド型の瞳が、静かに大きく見開かれた。