sugar spot
先程開いて、誰を乗せることなく閉じられたエレベーターが、全ての音を持ち去ってしまったのだろうか。
そのくらいに、辺りは静寂に包まれていた。
「何があった。」
「……何も、無い。」
「…梨木。」
「……、」
こういう時、やけに優しい声で呼ぶのやめてほしい。
張り詰めていた糸が解ける感覚に、瞼に溜まった熱をグッと片方の手で抑えて、顔を背ける。
それでも限界をとっくに超えた感情が、
涙に呼応するように溢れてしまう。
「……上手く、できなかった、」
「……」
「全然、できなくて、向こうの担当の敷波さんも落ち込んで、椅子の生産も、結局止まって。
案件そのものがダメに、なるかも。」
情けない言葉を途切れながら伝えたら、目の前の長身の男は、じっとそれらを咀嚼しているようだった。
「……、私、営業向いてないかもしれない、」
ぽろぽろと雨粒のような大きさの涙を流し続けるのは一丁前に上手で、そういう弱い自分が嫌になる。
立ち止まることは、
どうしてこんなにも得意なんだろう。
「なんで。」
腰を折った男が、目尻の鋭さを保つ瞳を無理やり私とぶつけてくる。
ぐいと接近され、突然のことに後退りして距離を離そうとしたのに、腕を掴まれていて、それも敵わない。
「……先輩達みたいに、全然できない。」
「…それ、枡川さんのこととか言ってんの。」
否定も肯定も出来ず、ただ下唇を噛んでいると、溜息を吐いた男が「お前本当に馬鹿だな。」と呟いた。