sugar spot
「……ねえ」
「なに。」
「さっきから、名前、ば、つけ忘れてる。」
「…"ば花緒"の方が良いの。」
トクトクと、鼓動の重なりがずっと傍で聞こえている。その中でさっきからもっと心臓が波を打つ原因の一つを指摘してみたら、とてもストレートに返された。
「……そ、そんなことは、無いけど。」
「そうだお前。
俺のこと陰で、あ穂高って呼んでるだろ。」
「……。(奈憂め…)」
「おい。なに無視してんの。」
不服そうな声で問い詰めてくる男が、珍しく子供っぽくて可笑しくて。
少しだけやっと笑って誤魔化したら、もっと強い力で距離を埋めるように抱き締められた。
"こっからまた頑張るために、行くんだよ。"
もう一度私は、頑張れるのだろうか。
弱い心も、緩んだ涙腺も、
すぐに収まる気配が微塵も無い。
だけど心地の良いぶっきらぼうな熱が、向き合うことに付き合ってやると、言ってくれてるみたいで。
「どうして此処までしてくれるの」と、
聞くことは憚|《はばか》られてしまった。
仮に、気休めだとか労いだとか、
そんな風に尤もらしい理由を言われても。
私はそれに頷いて笑って、
割り切れる自信なんかとっくに無いほど。
__この男に向かう恋を、自覚している。
◇◆
【テーマ】
sugar spot (甘くなる目印)が
発見されるかどうか。
【研究回数】
5回目
【研究対象者】
梨木 花緒
有里 穂高
【研究結果】
▶︎薄暗い、人通りの全くない
たった2人きりの廊下。
妙齢の男女がこんな風に抱き合って
かわす会話として、
あまりに色気が無い気がします。
ただ、物理的な距離の近さは
漸く観測できていますので。
あともう一度だけ、研究させてください。
◇◆
#5.「天敵に後ろを見せたら、捕獲される」fin.