sugar spot
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「吉澤さん、先日はお恥ずかしい所をお見せして、
すみませんでした。
私、やっぱり営業、まだ続けたいです。
上手くスムーズに何一つ出来ないけど。
得意じゃないことの方が多いし、
答えもまだ、出ないけど。
……ここで逃げたら、私は、
自分を本当に嫌いになってしまう気がします。」
会議室の長いデスクを挟んで座ってまだ数分。
パソコンの画面を見つめて、「どうぞ」と私に入室を促して以降、何も話さない吉澤さんは、私の言葉に漸く顔を上げた。
釣り目がちの瞳を意外にも丸くしている。
「……こら、何を1人語り出してんの。」
「エ?」
「あのね、あんた配属されて
まだ1年も経ってないのよ?」
「…は、い。」
私の頼りない返事に、はあああ、と
大きく息を吐き出した彼女は、
「もう良いやあんたの営業成績とか。
面談というか、もう雑談ね今日は。
堅苦しい話やめやめ。」
と言い聞かせるようにしながら、ノートパソコンを閉じてしまった。
そして改めて私に向き直る。
「配属されたばっかりの奴がそんな簡単に異動出来るわけないでしょ。会社をなめるんじゃないわ。
人事の仕事増やして、殺す気なの?」
「す、すいません…?」
凄い剣幕だが、でも私、この人に先週
「やめろ」って言われた気がする。
困惑で瞳をしばたくと、ふと笑った気配を見せた吉澤さんが、私の名前を呼んだ。
「そんな簡単に異動なんかさせられないけど。
でも今のあんたの考えが変わらないなら、いずれは営業を離れた方が良いっていうのは、私の本心。」
「……。」
「……梨木。
言っとくけど枡川は、あんたと違って研修中のExcel講習も優秀だったわよ。」
「…わ、分かってます。」
「だけど。枡川は笑って感情を抑えこもうとするのよ。だから割と、1人で暴走して壁に突進していったりもする。
その点、梨木はバカ正直だから。」
「褒めてますか?」
思わず険しい顔のまま尋ねたら、もっと笑われた。
「人の意見を取り入れられる素直さがある。
自分が間違えてたら、ちゃんと軌道修正が効く。」
あんたにはそういう良さがあるでしょ、とサラリと告げられて言葉が詰まる。
「梨木、研修で、クレーム対応のワークやったの覚えてる?営業担当だとして、どう行動するか考えるやつ。」
「覚えています。」
忘れるはずも無い。
___あの男と、取り組んだワークだ。
「…大体はやっぱり、謝罪の言葉をとにかく練ることに注力する子が多い中で、あんたは違うかった。
"私は東京が詳しくないから、まずどこに居てもすぐ駆け付けられるように地図を調べて、最速で向かえる方法を探すところからやんなきゃ"って。
斬新だったわね。」
「…田舎者、なので。」
「……自分の弱みを自覚してなんとかカバーしたいっていう気持ちを、ちゃんと持ってる子だなって思ったのよ。」
そんなこと、初めて言われた。
知らなかった。知るはずもなかった。
あまりに優しく、記憶を辿りながら彼女が微笑むから、視界が揺れたけど、必死に机に視線を落として耐えた。