sugar spot



「梨木。枡川とは違う、
"あんたなりの良さ"を見せてみなさいよ。」

「……、」

「営業にゴリ推しした私に、
恥かかさないで欲しいわ。」

「…ゴリ推し、?」

そうよ?なんて軽く肯定する彼女は、
今日1番の微笑みを携えていた。


「あんたを営業部に配属させるべきだって、めちゃくちゃ人事内でも主張したんだから。

こんなとこでヘコたれてナメクジみたいになられたら、私も困るのよ。」


「…吉澤さん。飴と鞭、やめてくれませんか。」


誤魔化すように不満げな声色で告げて、目を擦る私を見守って、また吉澤さんは笑う。



「なんていうの?
馬鹿には旅をさせよって言うじゃない。」

「……可愛い子、ですよね」

「ああ、そっか"可愛い馬鹿"ね。」

全く譲らないから、もう訂正する気力も言葉も今度こそ失った。


じわりじわり、身体に沁み込む温かさに
視界がまた滲む。


ありがとうございます、とこの時間に貰った言葉を抱きしめながら、ゆっくりそう紡いだら、頷いて口角を上げた彼女が細い手首に巻かれた腕時計を見やる。


「あ、そろそろ次ね。」

「あ、すみません。この後もどなたか面談ですか?」

「ううん?あんたと話させろってうるさい奴居るから、バトンタッチするわ。丁度良い時間だしお昼でも行ってきたら?」


机の書類を慣れた手つきで集めてパソコンを小脇に抱えながらそう提案する吉澤さんは、もはやその勢いのままに、すでに会議室を出て行こうとしている。


「え、なんですか?話が読めません。」

「あんたのスケジュール勝手に決めて代わりにオッケーしといたのよ。どうせナメクジしてて暇でしょ?
じゃ。」

「え、何故そんな横暴なことを?」

あとナメクジかもしれないけど、暇では無い。

反論をぶつけようとした瞬間、
吉澤さんがもう会議室のドアを開けていた。



「あ、面談終わりました?お疲れ様です。
梨木ちゃん、お借りします。」

そして、いつもの屈託のない笑顔の彼女が、
嬉しそうな様子で私たちを出迎えた。

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