sugar spot
「好きな奴が、違う男のために健気に頑張ってんのなんか、普通面白くないだろうが。」
「……」
「何その顔。」
指摘されても間抜けな呆けた顔は、戻せそうにない。
この男が何を言ってきているのか、
全く理解が出来ない。
「…なんで、南雲さん?」
「は?」
「いや、だから、何で急に南雲さんが出てくるの。」
ぱちぱちと、話し合っていたかの如く同じリズムで瞬きを繰り返した後、男は眉間の皺を深くしながら「ちょっと待て」と呟いた。
でも私は、先ほどからの違和感を我慢できそうに無い。
「…私の憧れの人、南雲さんじゃ無い。」
「………じゃあ誰。」
「ちひろさんに決まってる。」
私が憧れて追いつきたい人だと、この男が1番分かっている筈なのに、どうしてそんな思考になったのか理解が出来ない。
また瞬きをして、何か色んな辻褄を確かめている男は、最後に疲弊したような溜息で締め括る。
「なんでそんな勘違いしたの。」
「吉澤さんと話してる時、どう見ても
恋愛匂わせてただろ。」
「に、匂わせてない、あれは揶揄われただけ。」
「…あとお前、南雲さんと話す時は大体顔が赤い。」
「え?そんなこと、」
無い、と告げようとした否定が止まる。
『そもそも私は同期同士のそういうのは考えられないので!!!』
『え?仕事でサポートし合える関係ってことね。
"そういうの"って何のこと?』
『梨木さん、2日間有里君とずっと一緒だね。』
『っ!?』
思い返せば心当たりは、沢山あった。
「…何。」
「い、言いたくない。」
「ここまできて何言ってんだよ許すか。」
不機嫌の度合いが上がった男が、鼻先が触れるくらいに距離を縮めて、私の視界を自分だけでいっぱいにしてくる。
「あの人に、多分最初からばれてて。」
「何を。」
「だ、だから。
私があんたのことどう思ってるか、ばれてて。
それでいつも揶揄ってくるから、必死に抵抗してただけ。」
私はどうして、こんな恥ずかしい自白をする流れになっているのだろう。
気まずくて居ても立っても居られない気持ちなのに、目の前の男は、視線を外すことを許してくれる気配は無い。
「どんだけ色んな人に揶揄われてんだよ馬鹿」と謎の八つ当たりまで受けて、とても理不尽だと思った。
「…図面の本も、貰ってたし。
デザイン部は専門知識が必要だから俺たちが配属されることは無い。
だから、営業部に入ってあの人と同じプロジェクトに参加して、チームとして一緒に働きたいってことかと思ってた。」
「…私はちゃんと配属されるまで、プロジェクトのことなんか、仕組みすら全然分かってなかったけど。」
「馬鹿。」
「あんたも頭回転させすぎて
結局間違えてるから、阿保だよ。」
お互い"答え合わせ"を終えたら、
まさかこんな、睨み合うことになるとは。
視界に映るのは、
いつも涼しい顔をした能面じゃない。
だけど気まずそうに顔を顰めているその表情の方が、
愛しいとかそういうことを、思ってしまう。
その気持ちのままに、私も恐る恐る自分の指をそっと、男の頬に這わせた。
驚きの色に変わった端正な顔立ちにちょっと躊躇ったけど、何か察したように男はその指を自分のものと絡ませてくる。
「…なに。」
「さ、さわりたかっただけ。」
もうとっくにみっともない所ばかり見られているからと、何かを吹っ切ったら本音なんかすぐに溢れ出た。
「なんで?」
「え?」
「何で俺に触りたいの。」
今までと違って、目つきが格段柔らかくなった男の声はどこか、愉しさが含まれている。
「…え、だから。私さっきから言ってる。」
それに反して、私は顰めっ面が濃くなった。
こんだけ伝えて、まだ理由が分からないとか言うの。
もしかして本当に、アホなの。