sugar spot
「…でもやっぱりなるべく調べる。」
「なんで。」
「会うの遅れたら、それだけ、
一緒に居る時間も、減るでしょ。」
恥ずかしくて、倒れそうだ。
だけど今日だって限られた時間なんだから、ぼうっとなんかしてられない。
目の前の男がどんな反応をしているのか知りたいようで、見るのは怖かったから視線を外して、立ち止まる男を置いて歩き出そうとしたのに。
腕をあっさり掴まれて急に姿勢が崩されると、足がよろけて、そこそこの勢いで男の胸元に飛び込むかたちになってしまった。
「花緒。今日、予定変えたい。」
「…え、」
そのまま抱きしめてくる男の発言を、身動きもできないままにただ、温もりに包まれて聞いていた。
「ライブハウス行かないの。」
「お前がどうしても今日行きたいなら連れてくけど。
家でライブのDVD観るのと、どっちが良い。」
「…い、家で?」
思わず尋ねつつ顔を上げたら、男にしては長い睫毛に縁取られた綺麗な瞳と視線が当たり前のように絡む。
"え?しないの?"
"しないでしょ…、まだ1週間だし。"
"え?しないの?"
"しつこいよ。"
"質問変えよっか。花緒は、したくないの?"
"それはずるい。"
"どうして?"
"そんなの愚問だし。"
答えなくたって、分かりきってる。
伝えたら奈憂は「は〜、尊いしんどい。」なんて揶揄っていたけど。
今、男から受けた2択も、
そんなの私にとっては同じようなものだ。
「ライブハウスのラクガキは、いつでも見れるし。」
後者に決まっていると。
ぼそりと小さく呟いたら、目を丸くしてこちらに視線を向けていた男が、その後、やけに甘く口端を上げる。
「花緒」と、この男に呼ばれる度、心臓が高鳴る感覚をずっと忘れたくない。
その気持ちを共有するかのように、少し背伸びをしつつ男の唇に軽く触れて、すぐに姿勢を戻す。
自分にしては大胆な行動で、頬が赤らむ感覚にじっと耐えるしかない拷問が始まった。
ふとその様子を笑われた気配に気づいた時には、腰を屈めて覗き込んでくる男から、お返しにしてはちょっと荒い、噛み付くみたいな口付けをくらった。
◇
果実には 成熟 を告げる
《甘くなる 目印》
が、あるらしい。
私にも、たった1人。
とても見え辛いけど、確かに愛しい、
そういう 一瞬間を、
分け合いたい天敵がいる。
◇
fin.