sugar spot
##1.「天敵たちの敗者宣言」
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「…ここ。
ここの、わちゃわちゃした感じ、尊過ぎない?」
「お前いちいち停止すんな。
曲が進まないだろ。」
「幼馴染バンドの仲の良さがもう、演奏中も隠しきれて無い感じ。涙出てきた。」
この女、全然話を聞いてない。
冗談ではなく本当に大きな瞳の縁が濡れている。というかもう既に溢れている。どんだけ好きなんだよ。
ソファの隣で、膝を抱えてリモコン片手にテレビの画面を一心不乱に見つめる女に溜息を漏らして、ティッシュを箱から抜き取って顔面に押し付ける。
「もうちょっと優しい渡し方無いの。」と文句を言いながらこちらに向けられた顔は、仄かに赤みを帯びていて、無防備なその表情にアテられたりしてるのは、俺だけなのか。
今日は、最初は例のライブハウスに行く予定だった。
でも俺が、その予定を変えた。
『会うの遅れたら、それだけ、
一緒に居る時間も、減るでしょ。』
あんなこと言われて、
今日あっさりと帰せる奴がいるのか知りたい。
待ち合わせた場所から、自宅まではそう遠くは無い。
向かう道中でも部屋に足を踏み入れた時も、借りてきた猫みたいだったくせに、DVDを再生し始めたら、この様だ。
別に、良いけど。
相当このバンドのファンだということは、研修の時から知っている。
目を輝かせてずっと、ライブの様子を見つめるその横顔になんとなく自分の口元が緩んだ気がして、誤魔化すように立ち上がった。
「…どこ行くの?」
「飲み物、新しいの取ってくる。」
「ここからバラード2曲畳み掛けてくるけど、停めておこうか?」
ライブのセットリストも全部頭に入ってる辺り、もはや流石としか言いようが無い。
「…その前に若干MC入るだろ。」
言いながら、ローテーブルに置かれた中身が残り少なくなった女のグラスも手に取る。
視線を感じて顔を向けると、きょとんとしながら大きな瞳を瞬くたびに、綺麗に嫌味なくカールした睫毛が揺れる。
そして、
「やるね。」
と、また無防備にふわり笑ってくるから、何か突き動かされそうな衝動を「何飲む」という言葉で掻き消した。