sugar spot
最初から強引さを保って重ねられたそれに、思わず目を瞑る。
角度を変えながら何度も繰り返されて、何の心づもりも出来ていなかったから、戸惑いの中で必死についていく道しか用意されていない。
かくんと足から力が抜けてしまいそうになった瞬間、頬を擽っていた一方の手が既に腰の辺りに回されていて、何とか体勢を崩さずに済んだ。
「……急すぎる。」
「ずっと我慢したから、
文句言われる筋合い無い。」
「がまん?」
触れ合いが漸く離されて、未だちょっと肩を使って息をする私の頬にも1つキスを落とした男が、平静さを保って告げた言葉を全く理解出来ない。
「今日お前と会社で話した時もだけど?」
「は…?」
今日、私がこの男と話をしたのは、あの非常階段しかない。
『なんかされると思った?こんな非常階段で。』
そして掘り返しても、とても腹の立つ記憶しか出てこない。
「……あんた、なんなの。」
「…怖がらせたかと思ったんだよ。」
額をそっと私と合わせながら吐き出された言葉は、どこか弱く聞こえる。
「何で…?」
「……先週もお前、会いたくなさそうだったから。」
「え。」
先週って。
目を瞬きながら、男を暫く凝視してしまった。
「…いや、だってあんた金曜まで出張してたし。
週末くらい、家でゆっくりしたいかと思って。」
「電話もしただろうが。」
「……でんわ…」
そういえば先週金曜の夕方、珍しく男から電話があった。
"今から東京に帰る。"
"そうなんだ。"
"21時くらいに着くけど、お前は?"
"思ったより早いね。
今日は私もちょっと残業する。
あ、明日のラジオで新曲フルで流れるから絶対聴いて。
じゃあ、お疲れ様。"
「…あれは、家に来ても良いよって意味だったの。」
「もはやそれ以外に捉えられるお前が怖い。」
馬鹿、と付け足して呟くくせに、それに反して凄く優しく抱き締めてくるからもう、じわじわと何故か涙も溜まるし、どういう風に反応を返したら良いのか分からなくなる。
「…じゃあもっとちゃんと、言ってくれたら良かったのに。」
会いたくないわけが、無いのに。
質の良さそうなスーツのジャケットをぎゅ、と握りながら不服を申し立てると、男が私の肩に顔を埋めた。
「…万が一、があるだろ。」
そのまま鼓膜を揺らすちょっと掠れた声が、やけに擽ったい。
「万が一?」
「だから、怖がらせてる可能性。」
「それ、何のこと…?」
"怖がらせた"
ついさっきも男はそんなことを言ってきた。
意味合いを掴みかねて眉を寄せると、腕の拘束を少しだけ緩めた男の顔が直ぐに近づいて、上唇を甘噛みされる。
「付き合って初めて一緒に過ごす週末から、
がっついた自覚は、まあ、ある。」
「……、」
恥ずかしくて堪らない。
頬がみるみる紅潮していく様子を観察されて、それにまた恥ずかしさが募る。
怖いとかそんなことは、全然、思ってない。
どうしてこうも、驚く程にいつもすれ違うの。
直ぐにうまく言葉が出ない代わりに、恐る恐る自分の指を男の綺麗な顔に触れさせたら「花緒」と、存外優しい声が玄関先に静かに響いた。