sugar spot



視線が交わると、再び手を頬に添えた男の顔が近づいてきて、ぎゅう、と瞼に力を入れて視界を遮断する。


「その顔も。」

「…え、?」


また話し始められるとは思わなくて、ゆっくりと力を入れていたはずのそれを持ち上げると、当然近い距離のまま男と視線が絡む。


「今日、階段でその顔された時も。
"怖い"かもしれないって考えたらちょっと自重すべきかと思った。」

「……そ、その割には
凄くムカつく言い方をされましたけど。」

なんかされると思った?なんて、やけに挑発的だった。指摘しながら直ぐ近くで男を睨むと、少し気まずそうな表情に変わる。



「素直に聞いて本当に"怖い"とかそういう答えを言われる前に、咄嗟に誤魔化してた。

あれは俺が悪い。ごめん。」


「………そ、そんな急に素直に謝られると、
私はどうしたらいいの。」



なんか、頑な自分が馬鹿みたいだ。

難しい顔のままに情けない声で伝えると、予想に反して優しく細まっていく瞳に出会う。

鼻先をちょんとやけに可愛らしく擦り合わせてくる男に、視界も、心だって、いつも占領されている。




「じゃあお前もそう思う分だけで良いから、
素直に言って。」


私はこの男に何か本音を伝えることが、
ほんとに、呆れるくらい凄く難しい。

どう捉えられるのか気になって、臆病になって、
可愛くない返事ばかりを繰り返してしまう。


でも。

同じようにいつも素直じゃない男が、まっすぐ私だけに言葉を紡いで待ってくれているなら、私だって言いたい。


___だって、もう、意地を張りまわってた
"背中合わせ"の頃とは違う。


私は堂々と、この男を真正面から
いつだって抱きしめても良いんだって、思いたい。


「さっきの顔は、」

「うん。」


そっと頬に添えられた男の手を剥がして、一瞬距離をとった後。

自分の腕をゆっくり広い背中に改めて回して力を込めると、相槌と共にすごく自然に私の背中にも腕が回される。


その躊躇いのない温もりに、視界がゆらゆら滲む。



「……怖い、じゃなくて緊張してるだけだし。


私は先々週、此処に来た時も、
すごく嬉しかったし、幸せだったんだよ。」



与えられた熱も、余裕の無さそうな表情が私と視線が絡む瞬間は分かりにくいけど目元が少し解れるところも、合間に降った口付けも、全部。



「ずっと優しくて、もっと、好きになった。」

ぎゅうぎゅうと、私が腕に力を込めてしまっているせいなのか、自分の胸も同じように締め付けられた。

この男への想い以上に、焦がれてどうしようもないものなんて、あるのかな。



「お前はなんで、0か100しか無いの。
素直になったと思ったら、すぐ暴走する。」

「……」

そんなの私も自覚しているけど、そんな毎日、少しずつ小出しにちゃんと出来る性格なら最初から苦労していない。



「花緒。」

「…なに。」

「顔、見たいんだけど。」


それは、難しいかもしれない。

もう顔の火照りが今日の最高を観測している自信しか無くて、こんなの見られるわけにはいかない。


否定の気持ちを込めて男の胸に自分の顔を押し付けるように腕に更に力を込めると、また、名前を呼ばれた。


「…か、顔わざわざ見る必要ある?」

「ある。」

言葉を受け止めてくれたらそれで良いのだけど。
そういう気持ちで尋ねると即答されてしまう。


「じゃないと、キスが出来ない。」

耳元でそんなことを急に伝えてくる男は、
人のことを言えるのだろうか。

「自分だって全然うまく素直さのコントロール出来てないし」と反論する前に、また頬に添えられた余裕の無さそうな大きな手のせいで、強制的に上を向く羽目になった。

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