sugar spot
自分よりも厚みのある肩に手を置いて、お尻や背中あたりに回された腕にも、自分が見下ろす形になっているこの姿勢にも、勿論ドキドキしている。
「…今すぐじゃ、なくても良いけど。」
「うん。」
長い脚を使ってスタスタと、「本当に私の返事を聞く気はあるの」と問いかけたくなる速さで廊下を歩く男が向かっている場所が何処か、流石に分からないわけじゃない。
「でも私、本当にMステ観たいって思ってたから、」
そりゃ、やっぱり、
イチャイチャしたい気持ちも、あったけど。
でもそれだけじゃ無い。
大好きなバンドを、邪な気持ちの言い訳にしようとした訳じゃなくて。
私が本当に好きなものを、穂高と共有したいって気持ちだって、勿論いつも持ち合わせている。
弱い声で呟き終えたら、結局悪足掻きのようになったかもしれないと後悔が襲った。
「知ってる。」
真っ暗な部屋に辿り着いてから、そっとベッドに寝かせられて男に見下ろされる体勢になるまで、あっという間だった。
背中に柔らかいスプリングの揺れを感じながら、男の返事を耳に響かせる。
「そんなの俺もだろ。
メディアの露出極端に少ないのに、急に生放送出るってニュースで見た時テンション上がった。」
「…テンション、上がることあるの。」
「お前は俺を何だと思ってんの。」
私の顔のすぐ側に手をついて、より近くなる距離の中で、おでこに軽くキスが落ちる。
「だから今日、あのバンドをお前を誘う口実に使った罪悪感的なものも、正直ある。」
そのまま、両方の頬にもそっと口付けを落とされて、その擽ったさを誤魔化すように
「それは長年の、ファンとして?」
「そう。」
尋ねるとあっさり認められ、思考回路が私と同じ"重度のファン"のそれだと、思わず笑う。
「確かにまだ見届けてないの、ファン失格かなあ。」
「…まあ、仕方ない。」
「っ、ん、」
性急な様子で、私の首元に顔を埋めつつ、衣服の下に手を滑りこませて身体中をなぞっていくこの男に、もう既に頭がクラクラしてきている。
「自分の好きなもの理解してくれる彼女出来て、浮かれてるんだなって許してもらう。」
「…、浮かれたり、するの。」
「だから俺のこと何だと思ってんの?
普通に彼女できて浮ついてるけど。」
確かに今は何よりも、
この目の前の男に、触れていたい。
だって、私も浮かれてるし。
「…先週、我慢した分も乗っかってるから、
許してくれるかな。」
熱にあてられ、次第にぼやけていく視界の中で、誰になのかはよく分からないけど、許してもらうための理由を追加する。
いつもの整った顔立ちに"浮かれた気持ち"を分かりづらく隠しているらしい男が、少しだけ口角を上げて、返事の代わりに、とても丁寧に唇に触れた。
◇◆
【補足資料2】
【テーマ】
sugar spot (甘くなる目印)の経過観察
【研究対象者】
梨木 花緒
有里 穂高
【研究結果】
▶︎ 「素直になる」の振れ幅を、
お互いに未だ上手くコントロール出来ていません。
※普段どんなに目を凝らしても
あまりに薄くて見えないくせに
時にこちらが照れるほど過剰に濃く
sugar spotが
散見される場合があります。
でもその濃淡の狭間で、
気づかないうちに
お互いに翻弄されるところとか。
漸くちゃんと甘くなれそうな瞬間さえ、
推しのバンドの話ばかりするところとか。
あの2人だから成立する恋の進め方を、
「やれやれ」って呆れながらも
もう少し見つめていたい気もします。
◇◆
##2.「天敵たち曰くファン失格(?)の夜」fin.
《今度、花緒のお酒トレーニング
付き合ってあげたら?》
《なんで。》
《花緒が今日飲もうとした理由知ってる?》
《知らない。何?》
《え〜じゃあ私からも言わないでおく》
《は?》
《今日も尊いね、じゃあね》
《俺は未だに芦野が掴めないんだけど。》