sugar spot
##3.「天敵たちのお祝いの方法について」
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「だめだ。緊張で手汗すごい。」
「ねえ、私、先食べるよ?蕎麦のびる。」
「聞いてる!?」
「聞いてない。いただきまーす。」
なんて、薄情な女だ。
スマホを握り締める私と、テーブルを挟んだ目の前で、おつゆの入った小鉢にウキウキと生姜を入れ込む奈憂を睨むけど、完璧に無視をされている。
「だって今緊張したって、もう結果出てるんだよ?」
「奈憂はそれ、合格発表を目の前にした受験生にも同じことが言えるの!?」
「ば花緒《かお》なのにこういう時だけ、妙に返事しにくいこと言うのやめてよ。」
失礼な名前で呼ばれるのに、最近もう既に慣れてきてしまっている。
でも今は、それどころでは無い。
深呼吸して改めて見つめた画面には、メールボックスに一件、新着メッセージが届いている。
受信した時刻からして、確実に、どんな内容なのかは分かっている。
「ねえねえ。
花緒の海老天そば、美味しそうだね。」
「ん?ああ……美味しいよ。私よく頼む。」
開封ボタンを押そうとしては、その指が止まる、を繰り返していると奈憂が、私の前に置いてある蕎麦を指差してマイペースにそんなことを話しかけてくる。
殆ど気もそぞろな返事をしていると、
「この海老、ぜんぶ食べて良い?」
「え?だめに決まってるでしょ。」
さらっと主役を掻っ攫うお願い事に、流石に意識を戻して奈憂を見ると、その油断した拍子に自分の手に持っていた筈のスマホを奪われる。
「なに…!」
「折角平日ランチの時間合わせて、ちひろさんおすすめの蕎麦屋に集合したのに、ライブチケットの当落発表にどんだけ時間使う気なの??」
「…そ、それはごめんね?」
今日もうちのオフィスで打ち合わせがあったらしい奈憂からお誘いを受けて、ランチに集合したは良いけど、たしかに私は別のことにソワソワし過ぎている。
「確かに折角なのにごめんね。
どうしても結果確認するの、緊張してて。」
「本当だよ。早くアーリーのことで花緒をいじりたいし揶揄いたいのに。」
「あの、本音漏れ過ぎてない?」
「ほんっとに、そのバンド好きだねえ。」
「……うん。」
やれやれと、私から奪ったスマホをちょっと悪戯に揺らして笑う奈憂に釣られて私も眉を下げる。
私と、あの能面が大好きなバンドがアルバムを出して。それと同時にドームツアーの開催が発表されたのがもう数ヶ月前。
今日はそのライブチケットの抽選当落の日で、お昼に結果発表だったから、もう既に運命は決まっている。
あとは私がメールを確認するだけなのだけど、注文したお蕎麦が来てからもなかなか、勇気が出ずにいた。
「一緒にせーの、で見てあげるから。
ほらいくよ。」
「待って…!」
机に私のスマホを置いて、可愛らしいネイルが施された指がとても軽やかにタップしようとするから慌ててその動きを制する。
流石に私が、と主導権を返してもらって再び深呼吸をして。
【チケットをご用意することが出来ませんでした】
開いたメールを見た数秒後、ゴン、とおでこを机に古典的にぶつけると、
「大丈夫…!ライブ行けなくてもアーリーは尊いよ!」
と、奈憂から訳の分からない励ましが飛んできた。