sugar spot
肩を落としまくる私にまた、「蕎麦のびるよ」と促す奈憂に力無く頷いて割り箸を割ったら、とても汚い割り方になってしまった。
どうやら今日は、何をしても駄目な日らしい。
「もうチャンス無いの?」
「…いや、ある。
今回のはCD買うとついてくるシリアルコードで応募できる先行抽選で、一応まだ、一般応募が、何回か…」
「声小さっ!元気出して?」
最後は、ほぼ溜息と共に言葉が消えかけていた。
これからの一般抽選なんて、絶対に倍率はもっと上がる。
だから今回の抽選には、期待も大きかったのに。
「アーリーも応募してるんでしょ?結果聞いた?」
「……」
《俺も負けた》
こくり頷いて、あの男からの端的なスマホのメッセージを奈憂に見せると
「アーリー、落ちたこと"負ける"って言うの?
何かと戦ってたのね?可愛いな…?
まずちゃんと報告してくるのが尊い…」
「はあ。」
「聞いてよ。」
推しの感想しか言わなくなった奈憂は放っておいて、するするとお蕎麦を少し啜る。
「大変だねえ。毎回当落の度にそんなに気持ち滅入るのか。」
「………うん。」
「なに?その変な間《ま》。」
「…今回はちょっと、特別気合い入ってたから。」
視線を机に落として呟くと、ぱちぱちと目を瞬いた奈憂が「ああ、なるほどね?」とにっこり口角を持ち上げる。
「アーリーと行けるかもしれない初ライブだもんね?」
「……うん。あと、」
「(認めた。)まだあるの?」
「…チケット、お祝いにしたかったんだよ。」
「え!!!?アーリー誕生日!!?」
「違う。」
「あーびっくりした。
推しの生誕祭は盛大にやらないとだもんね。」
「……、」
いやそれは、知らないけれども。
「じゃあ何のお祝い?」と当然の疑問を投げられて、昨日の、とある先輩との会話を自然と思い出す。
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「梨木っち〜!」
午前中の外回りを終えて、慌ただしくオフィスのビルへ戻るとエントランスで、元気な声に後ろから名前を呼ばれた。
「古淵さん!お疲れ様です。」
「お疲れ、梨木っちも外回りだったのかー!
立派に1人でこなして、偉いなあ。」
今日もぺかぺかと輝く彼は、小走りで私に近づいて真っ直ぐに労ってくれる。
「いえ全然立派じゃないです…。
今日キックオフ後、先方との初めての打ち合わせだったんですが、発表中に投影資料に誤字発見して倒れそうになりました。」
「おー!そういう時、いかに笑いに変えられるか勝負でドキドキするよな!」
「わ、笑いに変える…!?」
けらけらっと笑っている古淵さんを信じられない気持ちで見つめる。
やはりこの人の営業スタンスは規格外だと、あの男が言っていたことがよく分かって、それを実感すると力が抜けた。
「そうだ!穂高、今日コンペ勝ったって。さっき課全員に共有メール来てた。」
「え…!!例の大学の案件ですか?」
「そうそう。あいつ凄いな〜頑張ったなあ。」
「……本当ですね。」
私とあの男は、同じ営業部だけど課が違う。
取引先で大まかに分けられているところがあって、営業二課は官公庁だとか学校関係なんかの、ちょっとお堅い難しい案件を担当することも多い。
(なんで古淵さんがそこに配属され、更にちゃんと結局やっていけているのかは、この会社の七不思議の1つだと、ちひろさんが笑っていた。)
とはいえ、隣同士の島で働くのだから、情報は勿論うちの課にも入ってくる。
とある有名大学の講義棟そのものをリニューアルしたいという、コンペ形式で挑む依頼の担当を、あの男が任されたという話も本人から聞く前に届いた。