sugar spot
◻︎
「て、適当に座ってて。」
自分がいつも過ごしている空間に、この男が居ると考えるだけでどうしても落ち着かない。
あの後、人気は無かったにしても道の真ん中で急にキスをしてきた男に手を引かれて、ほぼ無言で帰宅した。
『…こういうことする時間。』
何を、言い出すの。
叫び出したい衝動を落ち着かせるように、キッチンに早速立ち、冷水を勢いよく出して、頭の代わりに手を気休めに冷やす。
でも全然、顔の火照りは取れそうに無くて、あまり意味が無かった。
今日は、そういうのが目的じゃない。
あくまでお祝いで、それが第一優先だからと深呼吸しつつ手を拭いていると、直ぐ傍から視線を感じる。
「……なに。」
「別に。」
ゆらりと、全然広さも無いキッチンで私の隣に立つ男は、表情は特に変わらないままだけど、こちらをどう考えても凝視している。
「いや、気になるでしょ。」
とりあえずまずチキンライスを用意しようと玉ねぎやピーマンをレジ袋から取り出しながらも、結局は集中力が乗り切れない原因の男の方を見向いてしまう。
暫しお互いに黙ったまま視線をぶつけ合った後、その沈黙を破ったのは、意外にも息を吐き出して表情を珍しく崩した男の方だった。
「……お前、意識し過ぎ。」
「…は?」
だ、誰のせいだ……!!
そんな風に愉しげに指摘をされて、真っ当過ぎる反論を心の中では出来たけど、言葉にはならなかった。
男は本当に珍しく整った顔立ちを緩めていて、躊躇いなく細まった右目近くの涙袋に落ちる黒子が、甘さをより増幅させた。
「楽しそうですね…!」
ピーマンを洗い始めながら嫌味っぽく伝えた筈なのに「うん」とあっさり肯定してくるから、またこちらの顔の険しさは増す。
なに。全部、揶揄われてたの。
また顔の赤さが増した気がして、全てを撮り攫うように必死に野菜を洗う。
「悪趣味な人は、
もう向こうで大人しく待っててくれますか。」
「花緒。」
なんだまだ何かあるのか、と恐らく笑い続けている筈の男を睨みつけるために視線を上げたら、流水音に隠れてしまうくらいの軽いリップノイズを伴うキスを落とされる。