sugar spot
「……な、に、」
直ぐに離された距離で、見つめ合う先には、やっぱりいつもより柔らかくほぐれた表情の男が居る。
当たり前に作業をしていた筈の手も動かなくて、男が代わりにレバーを操作して水の流れを止めた。
「何って?」
「きょ、今日、あんたおかしいでしょ。」
「何が。」
何をどう考えても、与えられる糖度がおかしい。
自覚無いなんてこと、あるの?
この、いつも憎たらしいくらい
回転の速い頭を持ちあわせているくせに?
自分の頭の中でぽんぽん生まれる問いかけを、スムーズな言葉で男にぶつける術が私には無い。
その躊躇いの時間を逃すことなく、シンクに向けていた私の手を、キッチン下の収納取手に引っ掛けていたタオルで拭いて、それから丁寧に自分の指で絡め取ってくる。
「……嬉しかった。」
「…え?」
「コンペ、準備からそれなりに神経使ってやってた。
営業の本部長からも期待してるって声もかけてもらってたし。」
「うん。」
沢山頑張っていたと。
私が見ている部分なんかきっと一部だと思うけど、夜中も机に向かう姿を思い出したら、繋がれた指に力がこもる。
「…正直、案件進めるここからの方が大変だって考えたら、それなりにコンペ選ばれた後も気は張ったままだったけど。
お前が、さっき言ってくれただろ。」
『…お祝いを、したくて。』
「…頑張ったら態々そんなことしてくれんのって思ったら、嬉しくてちょっと我慢出来なかった。」
普段素直じゃ無い奴が、
本音をこぼす時の攻撃力が高すぎる。
頭はくらくらするし、頬は赤いままだと分かっていたけど、心を侵食してくる温かさは、全然嫌じゃ無かった。
「あんただって、中華屋さん、
連れてってくれたでしょ。」
敷波さんのことで壁にぶつかった私を迎えにきて、支えてくれた。
頑張る局面を乗り越える時、いつも優しく受け止めてくれる存在の大きさは、私が先にこの男に教えてもらった。
「…これからも、いくらでもお祝いする。」
ぽそりと宣言したら、やっぱりいつもの何倍も表情がほぐれた男に
「じゃあ、おめでとうって言って。」
「…ここで?」
「うん。」
改めて言うとなると恥ずかしいけど、言い出したのは私だ。
1つ呼吸をゆっくりする時間を設けた後、
「……お、おめでとう。お疲れ様。」
歯切れは悪くなったけどなんとか伝えると、男は切れ長の瞳をまた細めて、緩く、だけどしっかり私の身体に腕を回して拘束してくる。
「ん。もう充分満足した。」
「え、なにごと。」
全く流れが掴めず首を傾げていると、
「オムライスは一緒に週末作るから、食材置いといて。」
「……え、」
「今日、睡眠も考えたら
あんまり時間無いって言っただろ。」
最後の言葉を告げた男の瞳にギラリと今までと違う光がこもっていると漸く気づいた時には、首筋を甘く噛まれた。