sugar spot
◻︎
「…、っ」
ぎゅう、とシーツを力一杯握りながら、いつも使っている枕に顔をこれでもかというくらい押し付ける。
普段自分が生活している筈の空間で、家具もレイアウトも勿論何一つ変わってない筈なのに。
たった1人の男のせいで、熱を閉じ込めたみたいな、全然違う空気を纏う場所に変わってしまっている。
とっくにぼやけきった視界で目線だけベッドの下に落とすと、先程まで着ていた私と男の衣服が無造作に散らばっていた。
「なんで声抑えんの。」
うつ伏せになって無防備に晒すしか無い背中に口付けてくる男のいつもより掠れた声が、また私の脈拍を簡単に早める。
"なんで"なんて、そんなの聞かなくても分かるでしょといつもみたいに言い返したいけど、繋がった身体に男がどんな刺激をいつ与えてくるのか、後ろからでは一層予知出来なくて、そんな余裕も無い。
そして、快楽の逃し方が、ずっと分からない。
「…っ、も、やだ、」
「もうちょっと。」
ついさっきも、同じことを言われた。
あんたの"もうちょっと"は、どうなってるの。
首を少し動かして背後にいる男に睨みを利かせた視線を向けると、シーツを握る私の右手を覆うように自分の右手を重ねつつ、身体を近づけて頬にキスをされる。
素肌が触れ合う感覚も、ちょっとだけ余裕の無さそうな息遣いを感じることも全部、嫌なわけじゃない。
だからこそ、それがとても厄介だ。
「っ、んん、」
緩急をつけて背後から腰を動かす男は、手と唇でもずっと私の体に熱をもたらし続けてくる。
"時間がないから、無理はさせない"
と、キッチンからあっという間にベッドに移動して組み敷かれた時、口付けの合間で伝えてきたのは一体なんだったのだろう。
だけどそんな男への文句も、耳を塞ぎたくなるような自分の声も、全て飲み込むみたいに、左手で顎を固定されて唇を奪われる。
「花緒、腰上げて。」
「も、ほんとに、むり、」
その後、耳を甘噛みされながら要求をダイレクトに鼓膜に届けられて、ピリピリと電流に近い細かな刺激が背中から首筋にかけて這った。
首を横に振って否定しても、ゆるゆると腰の動きは止めてくれない。
「あした、会社行けなくなる、」
「俺が抱き抱えて連れてく。」
馬鹿じゃないの。
全然、この男らしくない言葉にもっと眉間に皺を寄せるのに、目が合えば、私の目尻に浮かぶ生理的な涙を細く綺麗な指で丁寧に拭いながら、酷く優しく目元を解す。
どうしてここで、そんな顔見せるの。
そして、おでこにも唇を押し当てながら
「お前が可愛いから仕方ない。」
と、本当にさらっと呟かれて、驚きに目を見張った。
「…え、」
そんなこと、今まで面と向かって言われたこと無い。
もう一度視線がぶつかった男が、珍しく気まずそうに片手で口元を覆っていた。