sugar spot
「…いま、」
なんて言った?と聞く前に覆うように唇をまた塞がれる。
ずっと心臓は忙しく働き続けていたけど、さっきの言葉のせいで呼吸をするのがもっと苦しい。
ちゅ、と軽く触れ合う音の後に、唇はすぐ離れていった。
咄嗟に瞑っていた目を開けるとやはり気まずそうな男が、すぐ傍で私を見つめている。
「失敗した、って顔してる。」
「……なんでちょっと楽しそうなんだよ。」
だって、そんな風に焦ってるのは珍しい。
へら、と言葉の代わりに表情を崩すと溜息と共に、繋がったままの身体を、いとも容易く反転させられた。
ほんのちょっとの動きでも、どうしたって快感を拾ってすぐに腰が浮いて、声が漏れる。
多分、この男じゃなきゃ、絶対にこうはならない。
上から見下ろしてくる男の肌にそっと触れると、微かに汗ばんで自分の体温と調和する微熱を伴っていた。
それが心地よくて、愛しい。
『お前が可愛いから仕方ない。』
均整のとれた顔立ちが、ちょっとだけ余裕が無さそうに歪んでいるのは自分が影響しているのだと思うと、意図なんかしなくてもきゅ、と下腹部を甘く締め付けてしまう。
「……、"もう無理"なんじゃ無かったっけ。」
急に刺激を与えられたことに、顰めっ面を濃くしてそんな風に指摘されても、熱に浮かされた頭ではうまく答えが浮かばない。
あ、また眉間に皺、寄ってる。
さっきの自分の発言の気まずさもまだ、この男は抱えている気がする。
"うっかり口を滑らせた"みたいな、そんな感じだったから、もうこれから二度と聞くことは出来無いかもしれない。
そう思ったら、ぼうっとした働かない頭じゃなくて、もはや心から直接、言葉を紡いでいた。
「ほだか。」
「ん?」
「……格好いい、」
「…は?」
「格好良いって、いつも、思ってる。」
「……、」
能面で分かりにくいけど、プレッシャーに負けないで、頑張るところも、ちゃんと努力してるところも、スーツ姿も、好きだし、格好良い。
なんなら多分、ちゃんと初めて話して
仕事に対する姿勢を知った時から、
ずっと、思ってたかもしれない。
口に出すのは本当に恥ずかしいって、
私も、同感だけど。
嬉しかったからたまには、
さっきみたいに言って欲しい。
「……花緒?」
断続的に、知り尽くしたように的確に与えられていた刺激に多分、私の限界はすぐそこまで迫っていた。
自覚したら急に襲い掛かってきた睡魔と戦う中で、どこまでを言葉にして、どこまでを心で収めたのかよく分からない。
"格好良い"だけ、伝えたかった筈だけど。
ゆらゆらと頼りなく揺れる意識と滲んだ視界の先で、「しゃべり過ぎたかもしれない」と今更不安が過ぎる。
「……馬鹿。」
いつも通り悪態をつかれたけど、見つめた男の表情はどこか困ったように見えて、でも一等優しく目に映ったから、「よかったあ」と安堵を呟いて、その首に腕を回す。
「何が"よかった"だよ。」
「…っ、や、あ、っ」
おでこに柔らかい感触があった後、甘く奥を何度か容赦なく穿れてしまえば、また、声が溢れる。
次第に強さを増すそれに、ちかちかと視界が点滅を繰り返した後、しっかり私の身体を抱きしめてくれる腕に全てを預けてしまうように、意識を手放した。
本当に本当に微かに「好きだ」と、いつものぎこちない声が最後に耳にキスをしながら呟いてくれたような気がしたけど、それは、願望だったかもしれない。