sugar spot
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「花緒。」
「…?」
軽く肩を揺すられて、重い瞼をなんとか持ち上げると、ベッドに寝そべったままの私を、直ぐ側で腰を屈めて見つめる男に視界を占拠された。
ぼやぼやと揺れる景色を、目を擦って鮮明なものに変えていく中で、男が既にスーツを着ていることが分かる。
「…え。私、寝坊してる?」
「いや。まだ6時くらい。」
時刻を告げながら、肩に触れていた手で、そのまま私の髪がくしゃりと乱される。
なんか、やたらと安心させられる動作で、またこのまま眠りたくなってしまう危険性を孕んでいる。
「準備、早い。」
「一回自分の家に戻るから。」
「…え。」
「流石に昨日と同じ格好はまずい。
あと今日、外回りの予定も無いから。」
「そっか、じゃあスーツじゃ無いんだ。」
基本的にうちの会社は服装に関して制限が無い。内勤が多い人はそれこそシャツにジーンズ、スニーカーなんてラフな服装の人も多いし、営業部もお客さんに会わない時は割とカジュアルテイストの人が多い。
外回りが無いということは、この男も今日はもう少し軽装で出勤する予定なのだろう。
ちらり、目線だけを上にあげると昨日と同じスーツに身を包んだ男と視線が交わる。
この男は、自分の骨格を意図せずともちゃんと理解してるのか、柔らかさのあるイタリアンスタイルのスーツがよく似合う。
そういえば前に奈憂が「私服も格好良い」と言っていたけど、私は割と、仕事モードがよく分かるこの男のスーツ姿も好きだ。
「……お前、スーツ好きだったの。」
「…え?」
私、今、声には出してなかった筈だけど。
しゃがみ込んで、ベッドのマットレスに両肘を置いて語りかけてくる男の言葉に、急激に動揺が走る。
「な、なんで?」
「言ってたから。」
「誰が!?」
「お前が。」
なに。いつ。
昨日、そんな会話をした覚えが無い。
部屋に一緒に帰ってきて、私がオムライス作ろうとしたのになんか、この男やたらと楽しそうに観察してきて
と、そこまで思い出して、急に昨夜のことに頬が赤みを帯びる。
起き抜けの頭で振り返ることじゃなかった。
ばち、と視線をまた合わせてしまった男は、そんな私の様子を見守った後、僅かに口角を上げる。
「"スーツ姿も好きで、格好良い"」
「……え。」
「昨日此処で、お前が言ってた。
もう半分寝てたけど。」
さっき、あまり振り返らないと決めたけどこれは、振り返った方が良いのかもしれない。
変な汗が出てきそうなくらい、心拍数が上がっている。
記憶を必死に手繰り寄せていくと、そうだ、確かこの男が口を滑らせて、いつもなら絶対言ってくれない「可愛い」という言葉を聞いて。
でもたまにはこれからも聞きたいとかそういうことを咄嗟に思って、恥ずかしさを私からも差し出して「格好良い」の言葉を伝えなければと思って。