sugar spot
"口に出すのは本当に恥ずかしいって、
私も、同感だけど。
嬉しかったからたまには、
さっきみたいに言って欲しい。"
私の本音のその部分も、もしかして一応、
この男なりに叶えてくれようとしているのだろうか。
朝の爽やかな光が降る時間に反して、相当熱っぽさを持ったキスを何度も贈られた後、また視線がぶつかった。
「…私は、その、言われたら嬉しいけど。
そっちも嬉しい?」
辿々しく確認作業をすると、薄い唇が綺麗に弧を描く。
「好きなバンドのチケットも、オムライスももう要らないかって満足するくらいには、嬉しかったけど?」
なんて、目尻を下げて抱き締めつつ言われたら、その背中に腕を回す以外、無い。
「…勝手に、満足しないでよ。」
「ん?」
「ライブ、一緒に行きたいし、
オムライスも、得意料理なのに。」
男の肩口に自分の顔を押しつけてくぐもった声で伝えたら、微かにその肩が揺れる。
そしていつもよりやはり楽しそうな声で、
「オムライスは、今週末な。
あと今度の一般抽選は、本気で勝ちに行く。」
と、チケットの争奪をやはり闘いとして捉えているその言葉に、今度は私が笑った。
◇◆
【補足資料3】
【テーマ】
sugar spot (甘くなる目印)の経過観察
【研究対象者】
梨木 花緒
有里 穂高
【研究結果】
▶︎お祝いする側も、される側も、
大好きなバンドのチケットが無くても
オムライスが、お預けになっても
お互いの気持ちで
満足できてしまうようです。
一点、今後の課題とすると。
もうちょっとスムーズに
「可愛い」「格好いい」くらい、
言い合ってもらっても、良いですか?
##3.「天敵たちのお祝いの方法について」fin.
◇◆
「あ。有里君お疲れ様!
今日は、梨木ちゃんとデート?」
「枡川さん、お疲れ様です。
なんか光の速さで置いてかれましたけど
家に来いって。」
「もしかして梨木ちゃんの手料理が待ってるの?
良いなあ、愛でたい。
そういえば、オムライス得意って言ってたけど
もう食べた?」
「…そうなんですか?」
「あれ!秘密なのかな。」
「俺が割と和食派だから、言わないのかもしれません。」
「なるほど。梨木ちゃんそういうとこあるかもね。
可愛いなあ。」
「……そうですね。」
「(認めた!!)」
「じゃあ、お先失礼します。」
「あ、うん!(て、照れとる!
芦野ちゃん見たかっただろうなあ。)」