sugar spot
多分、最初から気になっていた。
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「お〜い!2次会行く奴集合〜〜!」
遠くまでよく通る声が、居酒屋前の浮ついた雰囲気が漂う道でつんざくように響く。
社会人としての第一歩を踏み出した日から、漸く1週間が経った。
研修スケジュールは想像を超えてハードで、まだまだお互い距離を探り合う中で「金曜に飲みに行くのは社会人のお決まりだろうが!」とグループメッセージで元気に号令をかけたのは、長濱だった。
今週の研修ワークでやたらとペアが被ったこの男にしつこく誘われてとりあえずは出席をしたが、恐らくこれ以降、行くことは無いと思う。
なんというか大人数で、騒がしく過ごすことが求められるような空間は、元々あまり得意では無い。
腕時計を確認しつつ、勿論2次会には行かないつもりで常にお調子者感が強い男に声を掛けようとすると、
「え〜〜なんで?花緒、2次会行かないの?」
「行かない。だってカラオケでしょ?」
直ぐ傍から、そんな会話が聞こえてきた。
"行かない"と、やけに強い意志を持った声になんとなく視線が自然と移る。
スーツ姿の女子なんて、就活も含めてよく見てきたけど、この2人に関しては、長濱が1次会で「最推し2人!」とやたらと聞いても無いのに、話をしてきたから何となく認識できた。
一次会を見ていても、いわゆる、誰とでもフレンドリーに話が出来そうな2人だと、そういう印象が残っていた。
「なんでえ?
花緒、カラオケよく行くって言ってたのに。」
「うーん、よく行くけど。」
「梨木と芦野〜!2次会行く!?」
そしてその2人を見つけた長濱が、語尾に軽やかな音を乗せながらルンルンで近づいてきた。
完全に、声を掛けるタイミングを見失った。
「花緒は、行かないんだって。」
「ええ!俺、もっと話したいんだけど!」
「カラオケは……、」
そこまで言って言葉を濁す女は、明る過ぎない茶色の髪を後ろで束ねていて、すっきりとした首元から色の白さがこんな夜でも、よく伝わった。
「カラオケ苦手?」
「ううん、大好き。」
「じゃあなんで?」
「うーん、ドン引きされそう。」
至極真剣なトーンで語る女が、考えを巡らせて視線を少し落として伏し目がちになると、長い睫毛が綺麗な影を目元につくった。
「ドン引き?」
「うん。私、本当に自分が好きなバンドの
コアな歌を、1人で歌うことで満足するから。
みんなに合わせて楽しい曲とか歌えないし
白けたら申し訳ない。」
「でも花緒が好きなバンド、有名な曲も沢山あるでしょ?」
「え!有名なやつ、俺分かったら歌うよ!?
梨木も惚れちゃうかもよ!?」
「大丈夫。絶対に惚れない。
あのボーカルを超えること、無いから。」
けらっと、最後はどこか戯けたように告げる女を、ただ黙って見つめてしまっていた。