sugar spot
#3.「汝の天敵は、愛せない」
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「………え?」
「急で、ごめんね。」
いつもの屈託の無い笑顔とは少し違う。
弱さが垣間見えた綺麗な顔をただ凝視しながら、
先ほどの彼女の、どこか硬い声を脳内で再生している。
“__私ね、企画部に異動することになった。“
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「おはよう梨木ちゃん。」
出社して、デスクでいつものように図面と睨めっこしていると、隣から声をかけられる。
「あ!ちひろさん、おはようございます!」
「……梨木ちゃん、朝一で申し訳ないんだけど始業したらちょっと話できる?」
「…はい?大丈夫です。」
そして、始業時間を過ぎた後、予告通り営業部の島から少し離れたオープンスペースに連れられた。
数週間前、私がしでかした“カタログ事件“の作業の現場でもある此処へ来ると、私は簡単にあの男に対して「思い出しむかつき」が出来る性能が備わった。
本当に全く要らない。
いや今はそれどころじゃないと、深呼吸して情緒を整えていると、ちひろさんが、すぐ傍のメーカーで淹れたコーヒーを差し出してくれた。
カウンター風になっている背が高めのテーブルに隣り合わせになって備え付けの椅子に腰掛け、カップを顔に近づけると香ばしい薫りに包まれる。
「…梨木ちゃん。」
「はい??」
「私、梨木ちゃんと知り合ってまだ数ヶ月だけど、本当に良い子だし、面白いし、たまに豪快で、大好き。」
「な、何ですか急に…」
突然の告白は全く受け身を取れていなくて、照れ臭さから反応の声が小さくなった。
「…だから、自分の気持ち以外で気がかりがあるとしたら、1番大きいのは、やっぱり梨木ちゃんのことだった。」
「…ちひろさん?」
いつもと、違う。
例えば、ちひろさんがペーパードライバーに近いのに営業車を使わないといけなくて、2人で地獄のデスドライブをしながら営業先に向かった時とか。
例えば、ちひろさんのイチオシの外ランチ場所は、その綺麗な顔に似合わずサラリーマンが集う老舗のお店が多くて。
「おっさんみたいなところも最高ですね!」と、失礼だけど思わず笑ったら、彼女も嬉しそうに笑ってくれた時とか。
優しい彼女が、私とつくってくれた
今までの空気とは、確実に違う。
こちらを見やる、ブラウンベースの鮮やかなアイシャドウに彩られた瞳は、少しだけ揺れていた。
「__私ね、企画部に異動することになった。」
いつだって優しい彼女が淹れてくれたコーヒーは、優しい温度で、今の今まで自分の全身に心地よく沁み渡っていたはずなのに。
その温もりを覆すように、身体が少しずつ冷えていく感覚が自分を侵食する。