sugar spot
「…なに「もしかして、好きなの!?」
気付いたら、反射的に男からの問いかけを遮り、食い入るように近づいて、そう告げていた。
突然の私の勢いに、男は今日1番意表を突かれたように能面を崩した後、「近い。」と平静に指摘する。
姿勢は戻したけど、私はやっぱり男が持つクリアファイルを見つめてしまった。
「…それ、初期の頃のアルバムの特典でしょ。」
「そうだけど。」
「私も、持ってる。」
「………ふうん。」
私の答えに目を丸くして数回瞬きをし、確かめるように声を出した男が、そのファイルを少し持ち上げた。
見覚えしかない。
なんなら今、私の鞄にも同じものが入っている。
ただのファイルでも就活中、私にとっては大事なお守りだった。
「……私が1番好きな曲は、○○。あんたは?」
「急に何。……□□。」
なんと能面は、少し思案した後、1曲目で3rdシングルのカップリングを選んできた。
こいつ、なかなか手強い。
「…まあ、ファンなのは認めるわ。」
「お前、誰目線なんだよ。」
やはり冷静にそう告げながらも、ほんの少し、目元の鋭さが和らいだような気がする。
「…折角東京来たんだから、私はイベント無双するって決めてるし。熱意は負けない。」
「は?」
「このバンドに関するものが見られるなら、カメラマンの写真展とかも行くレベルだから。」
折角同期の中で、同じものに対する熱狂的なファンに出会ったのに、気恥ずかしくて上手く会話を広げられない。
なんか、心臓も、突然の出会いのせいで騒がしい。
「…写真展って、今月末の?」
「……え。」
そう尋ねられて隣の男の方に首を向けると、端正な顔立ちが、こちらを見つめていた。
「…そう、だけど…表参道であるやつ。」
「それ、もう前売り買った。」
「え!?」
素っ頓狂な声が大きく響いた気がして慌てて口を塞いで辺りを見渡すと、同期は恐らくバーベキューの話で盛り上がっているのか、こちらの声には気づいてないらしい。
「声でかい。馬鹿。」
「……馬鹿は、言う必要あった?」
「お前、スタジオまで行けんの。」
無視してきやがった。
そして投げられた謎の質問に、眉間に皺を寄せて小首を傾げたら、
「ここ裏参道の方だから、田舎者には難しそう。」
「…あんた、その能面で言うのやめてくれる?
喧嘩売ってんのか、素で失礼なのかよく分からないけど腹立つ。
……う、裏参道って何なんですか。」
表参道には裏の顔もあったのか。
よく分からないけど、
当日辿り着けないのは、とてつもなく困る。
怒りを抱えつつも、教えてもらう身なので渋々姿勢を正してそう尋ねたら、ク、と喉奥で笑いを殺して堪えているつもりの男の表情が、今までで1番柔らかく解れた。