sugar spot




どうしたんですか、と問いかけようとすると本気のダッシュで近づいて来た彼に圧倒されて背中が若干、仰反った。


「穂高、熱で倒れた!!!」

「え!?」

「え……、」


ムンクの叫びの絵のような顔で伝えられた言葉に、持っていたペットボトルを落としそうになる。


「…朝、話した時は元気そうだったのに…」

「一緒にビラ配りしてたら、急によろけて蹲み込むから、もう俺、びっくりして…、

今とりあえず、会場の救護室に緊急奔走したんだけど。」

緊急搬送したのだと思うけど、私もちひろさんも、そして古淵さんも、今は訂正をする余裕は無い。



直ぐに昨日、
南雲さんを呼びに来た時のことを思い出した。


『あんた、走るの苦手だったの。』
『は?』
『だってまだ息切れてるし、なんか、いつもより、』


____いつもより、絶対、顔色が悪かった。


『…ちょっと馬鹿は黙ってろ。』


どうして、何も言わないの。

男を責める気持ちと同時に、自分があの時問い詰めなかったことの後悔が襲う。


「…無理に一人で帰らせるのも心配だから、とりあえず様子見だなあ。」

「そうだね、午後のブース担当は大丈夫?」

「それは俺1人でやるから、」

大丈夫だとそう言い切る前に、古淵さんのスマホが鳴る。
私たちに断ってからそれに出た彼は、「どうした俺のベストフレンド瀬尾〜〜珍しい〜」と話を始めて直ぐ、顔色が真っ青になった。



「……え。と、と、ととととと届いてない!?!?

す、直ぐに確認して対応する!!ありがとう!」


「…凄い噛んでたけど、大丈夫?」

電話を切った彼は、ちひろさんにそう尋ねられてやはり目が潤んでいる。

「やばい、今日担当先のオフィス新オープンなんだけど、お祝いの花がうちから届いてないって、現場見に行ってくれてる瀬尾から電話来た。」

「え!!!!」


通常、移転やリニューアルが完了してオフィスがお披露目になる時、担当した会社として、先方にはお花を贈ることになっている。

それが当日のこの時間にまだ届いていないのは、相当にまずいということは、私でも分かった。


「…もしかして有里君の役割?」

「うん。俺、穂高に頼りすぎだなあ。
そしてあいつが忘れるなんて、やっぱり体調悪かったんだなずっと。」

しょぼん、と項垂れる古淵さんは「とりあえず花屋さんに片っ端から連絡してみる」と表情を戻して笑う。


祝い花の発注は、
いつも大体この花屋に、と決まっている。

でも通常2日前には連絡をするのが決まりになっていて、恐らくこの急な発注には対応してくれない。


おそらく古淵さんは、今から先方のオフィス近くの花屋を探し回るのだと考えたら。


"____お前が、泣いてる気がしたから。"

何故だか、あの能面の姿を思い出したら。




「古淵さん、先方の住所教えてください…!」

「え?」

「わ、私が引き受けます!」

「……え、梨木っちやってくれるの!?
でもなあ、俺の一存で勝手に違う部署の子巻き込んでもいいのか…」

「緊急だから、って今からオフィス戻る時に部長達に電話しとく。古淵はブース頑張れ。
梨木ちゃんも、ありがとう。」


「分かりました…!ブース裏でひたすらお店に電話かけるので、何かあったら呼んでください。」

よろしくお願いします、と手を振ってくれるちひろさんと、おそらく感涙?に変わって目を潤ませている古淵さんにお辞儀をして、走り出した。




「勝手なことすんな」

って、あの能面は怒るのかな。


____でもそんなこと、もう知らない。

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