sugar spot
◻︎
失礼します、で良いのだろうか。
もうかれこれ10分ほど、
とある部屋のドアの前で、怪しくウロウロしている。
ぎゅう、と片手で胸に抱えるペットボトルのスポドリを握る力だけが増して、このままでは温くなる一方だ。
_____
『…わ、私ですか。』
『うん。穂高の荷物、届けてやってくれる?』
展示会が無事終わって、撤収作業をしている時、バタバタと人が動き回る中で古淵さんにそう依頼された。
『なんか枡川が、同期の方が気を遣わないからそうした方が良いって帰り際に言っててさあ。
確かにそうだと思って。
片付けは俺らでやるから、ちょっと様子見てきてやって。梨木っち、お花もありがとう。』
『わかり、ました…』
_____
承諾して、教えてもらった救護室まで辿り着いたのは良いけれど、どういう風にこのドアを開ければいいのか全く分からない。
同期の方が気を遣わない、という認識は確実に枡川さん達の代だからで。
「有里、大丈夫?」と控えめな笑顔で言える女子なら良かったけど、もうそんなの今更無理だ。
溜息を落として、それでもここにずっと居るわけにはいかないと、ドアに近づくべく一歩足を踏み出した瞬間だった。
___バン!!!
と大きな音と共にそのドアが開かれて、
その驚きに身体をその場ですくめる。
「っ、」
「……お前、なんで。」
慌てた様子でドア枠に手をつく男は、今にも走り出しそうな勢いを、私の登場でなんとか抑えている風だった。
否応なしに向き合った男のおでこには、全く似合わない冷えピタが貼ってある。
Tシャツから着替えたのか、真っ黒なロンT姿の男が、やはり青白く見える顔のままに私を見下ろしていた。
一瞬のことに反応が出来なかったけれど、数秒遅れで意識を戻した私は、
「あ、あんたこそ何やってんの。何処行く気?」
と焦りながら伝える。
「……思い出した。」
「え?」
「祝い花。
今日オープンのオフィスに、発注かけるの忘れた。
もう間に合ってないけど、ちょっと古淵さんに謝って、」
「…ま、待って、発注したから…っ、!」
もはや言い終わる前に私を通り過ぎて、救護室を出ようとする男を正面から食い止める。
___そしたら、何故だか、私が奴に抱きついてるみたいになったと気づいたのは背中越しにドアが閉まる音を聞いた後だった。
「…っ、な、何してんの!!」
「は?」
咄嗟に距離を取りつつ謎の誤魔化す言葉を告げたら、本当に心の底から思っているような「は?」を食らう。
気まずい沈黙の中でチラリと前方を確認したら、仮眠していたせいか若干いつもより髪の乱れた男がくしゃりとそれをより一層乱して、この状況をなんとか把握しようとしている。
「……忘れてるって、現場にいた瀬尾さんから連絡があって。私が、ブース担当しなきゃいけない古淵さんに代わってお花は発注した。」
「……、」
「ちゃんと急ぎで対応してくれる優しいお花屋さんあったから、大丈夫。
フラワーガーデンSHIROYAMAってところ。
領収書また届くと思うけど、とにかく間に合ったから。」
そう告げたら、少しだけ肩の力を抜いた男が1つ、呼吸を落とす。
だけど、その顔は未だに歪んだままだ。