40歳88キロの私が、クールな天才医師と最高の溺愛家族を作るまで
「も、申し訳ございませんでした!」

私は急いで男性から離れる。

(どうしよう……私の汗でスーツを汚してるよな……。クリーニング代払わないと……。5000円で足りるかな……)

財布を取り出そうと、自分のカバンを漁ろうとしたら、急に手首を掴まれた。

(えっ、何!?)

「こっち」

驚く間も与えられず、男性にエントランスの中に引き摺り込まれた。

(ここは……高級ホテルですか……?)

大理石の床に、私の部屋には入らなそうな観葉植物、明らかに外国製だと分かる、高級そうなインテリア、そして有人のフロントサービス……など、私が知っている世界とはまるで違う空間だった。
男性は、すぐ近くに置かれていた、真っ白な皮張りのお高そうなソファに私を座らせてから、真横に腰掛けてきた。
それから、私の額に、自分の手のひらを当ててきた。

(なっ、何!?)

その人と私の距離は、あまりに近い。
自分の汗の臭いを気にすればするほど、私の体からは余計に汗が吹き出してくる。

(早く……離れて……!)

という私の願いも届かず、私の額に置かれた男性の手は、そのまま私の顔の上を滑らせ、私の首にあててきた。

「ひゃっ!!」

私はつい、男性の胸を突き飛ばしそうになった。
しかし、私の手は、男性のもう片方の手で掴まれてしまう。

「動かないで」

男性が真剣な表情で、私の首元を見ている。

(なになになになに!?)

こんなに、男性に至近距離で見られることなんか、今までなかった。

(こんな時どうすれば良いの……!?)

それからすぐ、男性の手がぱっと私から離れた。
と思ったら、私に500mlのスポーツドリンクを渡してきた。

「体少し冷やした後、それ全部飲むように」
「あの……?」
「熱中症です。まずこれで首元を先に冷やしてから、全部飲んでください」
「あ、あの……」
「しばらくここでゆっくりしてください。体調良くなってからご帰宅ください。いいですね」

男性は、私に質問をする隙を与えることなく言い切ると、ぱっと立ち上がり、そのままエレベーターホールの方に消えてしまった。
私は呆然と見送るしかできなかった。

(どうしよう……)

中に入ったと言う事は、ここの住人である可能性もある。
せめて名前さえ聞いていれば、フロントの人に預けることが出来たかもしれないのに……。
その時。

「森山さん!何してるの!」

そんな私の思考を、バッサリと断ち切る声がした。
嫌な予感がして振り返ると、そこには、明らかに気合入っているのがバレバレな婚活向けファッションに身を包んだ佐野さんがいた。

彼女は、仁王立ちをして私を睨みつけていた。
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